第十一章 過去との邂逅⑥

 アネスはメゾムの言葉に、一瞬目くらましにあったようになった。

 村が襲われた記憶は断片的なものだった。

 ただ、夜空に噴き上がる炎と、轟く悲鳴、村に常駐していたヘキサージェンの戦う姿が、寸陰脳裏を駆け巡った。

「その時は一人のヘキサージェンが、あなたを守るために庇い、負傷した。私は別のヘキサージェンと戦い重症を負った。私の肉体の損傷は激しくても、オクタ・ダークは残った。肉体はただの器に過ぎない。体を動かすためにオクタ・ダーク、あるいはヘキサ・シンが必要……。あなたを庇おうとして負傷したヘキサージェンは、あなたの父親だった……。そうでしょう?」

 そうだった――。

 血塗れになった父が、息子であるアネスに覆いかぶさるように、オクタージェンの攻撃から守ってくれた……。

 手に付着した父の生きている証……。

 その真っ赤な証が手の平から体中へ滲み広がる。あの刹那が心の奥底にまで染み込んでくる。永遠と言えるほどに塞がらない傷口を作り、アネスを追い込む。

 寒さに凍えながら寂しくなるような、そんな感覚でもあった。

 胸の鼓動がけたたましくなる。

 思い出したくなかったあの記憶。

 父と母は大怪我を負い、父はヘキサージェンを退役することを余儀なくされた。いつも活発な母もベッドで横にならざるを得なくなった。

 当時赤子だった妹も大きくなり、故郷で幼馴染たちと両親の世話をしてくれている。

 ……親御さんたちのことは私たちに任せて……

 幼馴染の声が、頭の中に響く。

 ……あんたは決めたんでしょ? ヘキサージェンになって、この村を守るって……

 そう、そのために努力を重ね、この学校に来た。近隣の村の中でも名を馳せるほどの実力を得、ヘキサージェンの現役を退いた師から推薦される形となって――。

 そして今この瞬間、あのときの恐怖をアネスに植えつけ、村の友人やその親を傷つけた仇であるオクタージェンが、目の前にいる。

 絶好の機会に思えたアネスだったが、過去の記憶に縛り付けられたように、立つことも難しくなり、膝を地へつけた。

 顎が微かに震えている。汗が額に吹き出、口の中が渇く。

「今ですよ、メゾム様!」

 ジスードが声を張り上げる。

「今こそ、奴のアルテワーキを!」

「わかっているわ」

 急かすジスードに、メゾムは落ち着き払った態度でアネスに近寄った。

「ヘキサ・シン体や、オクタ・ダーク体という〈精神顕現体〉は、私の今の状態であれば他人の精神顕現体に直接触れることができる……。同じ精神顕現体だから」

 呟きながら、セピア色の発光を保ったままのメゾムは、不意にアネスの胸の中央に手を添えた。

「悪く思わないで、アネス……」


 いよいよこの瞬間が訪れた――、そう思ったかのように、ジスードの顔は喜びに満ちている。

 レザークはジスードの表情を見てそう察知すると、

 ――こいつ、何か企んでいるようだな……。

 オンリーアでの戦いの時と同じ轍を踏まないよう、剣は携行してきている。だが、メゾムというセピア色の女と四士会が、レザークとアネスを取り囲んでいる。不用意に動けば、何が起こるかわからない。

 ――多勢に無勢か……。それにしてもこいつらの時間的猶予も差し迫っているのか、一気に化けの皮が剥がれたな……。セピア色の人影が、ココーネの体から出てきた。最初からココーネではなかったということか。それなら護衛がつかなかったというのも納得がいく。……いや、数度保安局に接見していたのであれば、オンリーアのときに護衛はいたのかもな……。

 しかし、とレザークは思い悩む。 

 ココーネが戻って来、以前のような日々を手に入れることができた。残るはアネスのヘキサ・シンを何とか復活させられれば、とこの数日思っていた。

 ところが再び身近な存在になったはずの少女の内面は全く別の何かだった。

 ココーネの肉体から這い出た、メゾムと名乗ったその人物は、ジスードら高等部四士会と手を組み、アルテワーキ、精神顕現体などといった妙な言葉を使う。そして何より、そのメゾムという人物が、オクタージェンという敵だったことでこの数分間に様々な情報を得た。

 ――状況から、ココーネの肉体を使い、ジスードのヘキサ・シンをどうにかするようだな……。アネスがアルテワーキという謎の力の持ち主なのは確かなのか? どんな力かは知らんが、ここ何ヶ月かヘキサ・シンを解放しなくても、奴とある程度戦えた理由はそういうことなのか……?

 ジスードたちや、メゾムはその力を欲しているようだ。そして今この瞬間に、メゾムはアネスの体に触れかかり、何かをしようとしている……。

 させまい、とレザークは思いつつも、何も手を出せずにいた。

 なぜなら――、

 アルテワーキとは何か? メゾムとジスードの目的とは……?

 この場に相応しくない好奇心が、レザークの胸中にあった。

 レザークはふと、横並びの四士会の後ろに気配を感じた。

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