第十一章 過去との邂逅⑤
当時の記憶は、一年が経つと曖昧になってきていた。
ただ強い光の明滅が、数十体のメンオーガたちと、アドアゾンを包み、目が覚めた頃には、ヘキサージェンによって担架で運ばれ、そこにダイガンの姿と生気を失った顔で歩くノイルがいたくらいのことしか覚えていなかった。
重症だったジナクとイッジュは、これまでずっと入院していた。ダイガンに助けられたというノイルは、収容所行きとなり、ヘキサージェンを呼んでくれたのは、知らないうちについてきていたウォルゴとルビーシャだったと後になって聞いた。
そして、ココーネがアドアゾンに取り込まれてしまったという話も――。
数時間前。収容施設にて、ノイルと話していたダイガンは、かつての教え子から衝撃的な言葉を耳にしていた。
順を追って、ノイルは一年前の真実を打ち明けていた。
ダイガンは目を見張りながら、ノイルに問いかけていた。
「では君は、あの方、という人物から、命令されたとでも言うのかね?」
「はい……」ノイルは意気消沈気味に返事をし、
「あの方にはある野望があり、協力すれば多額の報奨金をやるとそそのかされたんです……」
当時のノイルは、成績も覚束なく学校での生活が惰性的だった。ダイガンはノイルの言う指示役が、落ちこぼれのノイルが金に目がくらみ、遊びに明け暮れるだろうと目星をつけ、誘惑したのだと推測した。
――ノイルくんの言うあの方……、その目論見が事実であれば、アネスくんが危ない……!
夜の中庭に高等部四士会と、レザークの姿を見つけたアネスだったが、行動を共にしていたココーネが、一年前のあのとき取った行動に不審な点があったのを今になって思い出していた。
ココーネはあの瞬間、アネスを庇うようにしてアドアゾンの舌に絡め取られた。
そう、アドアゾンの目的は、アネスにあったのだ。
アネスを守ろうと犠牲になったココーネは、単に勇気ある行動を実践してくれたに過ぎない。
では、アドアゾンがアネスを狙った理由とは何か?
アドアゾンにとってアネスが食欲を満たすのに適していたのだろうか。
「すまない、カナリ……。ココーネを頼む」
レザークは、予定通り中庭へとやってきたアネスとココーネを見つけると、自分でも珍しいと思うくらい、カナリヘ謝罪の意を表していた。
しかしカナリは、クスクスと笑みをこぼし、
「告白した私をあなたがふったことで、あなたとしては、私に貸しか何か因果関係でもできたとでも思っているのかしら?」
まさに図星だったレザークは、考えを整理しようとしばし沈黙した。カナリは続けた。
「剣の成績はいいようだけど、他人、とかく女の心情を読んだりするのは下手みたいね……。私はもう別にあなたのことを何とも思っていないわ。お子様は用なしよ」
「では、なぜここにいる? 四士会の他の奴らは呼んだ覚えはないんだが?」
「すぐにわかるわよ」
アネスとココーネは、レザークと約束した場所へと到着し、この場がある種の修羅場を迎えているのをしっかりと感じていた。
「レザーク……。なぜカナリ以外の人たちまでいるんだ? これじゃあ計画が……」
「わかっている。オレにも計算違いなものでな……」
言いながらレザークは眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「俺たちがいると何か不都合なのか?」
ゴンダが明らかに煽っている風にその言葉を吐いた。
「みゅーん、むむ……。椅子が窮地のよう……。これは早いとこ済ませちゃった方がいいみたいだよ、ココーネ……。いや……」
ミュールがいつもの調子で言うが、台詞の終わり際が怪しかった。ミュールが続ける。
「メゾム様……」
メゾム様? 聞き慣れない名前に、アネスは傍らにいたココーネを見つめた。
「ごめんなさい……アネス……。あなたには私たちの間では、人柱になってもらう手筈だったの。だから色々と欺かせてもらったわ……」
ココーネの声音ではない。それでも聞き覚えのある声に感じたのはここ数日会話したある人物と同じだったからだ。
「欺かせるって、まさか……」
アネスは困惑気味にそう声を絞り出すと、途端にココーネが気を失い、地に尻もちをついた。セピア色の光が倒れたココーネの上方に現れる。
アネスは絶句した。
ココーネの体から現れたのは、アピセリアだったのだ。
「アピセリア……? そんな……。君は追憶の精のはずだろ? ココーネはどうなるんだよ……。い、一体、何が……」
状況がうまく飲み込めないアネスに、髪を額の中央で分けたジスードが説明した。
「正直に話すよ……。アネス、君を騙していたんだよ。クルイザ先生もグルでね。元々この計画は、メゾム様のオクタ・ダークのみとなった状態を元に戻すというものだった。メゾム様は、幼き頃からの私の低いヘキサ・シンの数値を高めるという、個人的な目的にも手を差し伸べてくださってね……。そのためには君のヘキサ・シン……すなわち、アルテワーキが必要だったというわけだ」
「僕のヘキサ・シンが、アルテワーキだって……?」
「知らなかったようね。自覚がなかったとも言うべきかしら……」メゾムなる女性のヘキサ・シン体が、そう声を発した。
ジスードの口っぷりから、どうやら癒しの泉だったはずのアピセリアは、オクタージェンという敵であり、ジスードを含めた高等部四士会四人と、ある企図があったと見ていいようだ。ということは、ヘキサ・シン体という呼称ではなく、オクタ・ダーク体と呼ぶことになるだろう。
メゾムは話を続ける。
「以前からあなたには目をつけていた。あなたが幼い頃、故郷のエーモワールが襲われた時からね……。あのときのあなたはただ怯えるだけの子供だったけど、私が隊を率いて村を襲撃したとき、アルテワーキという絶大な力の波長をあなたから感じとっていた」
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