第十一章 過去との邂逅④

 ルビーシャが放った火のヘキサートは、ウォルゴとルビーシャに迫ってきたメンオーガの顔面に炸裂した。

 メンオーガはまだ数体いたものの、森に入ってから少しばかりの距離だったので、ルビーシャとウォルゴはアネスたちを置いて引き返した。

 後ろからはメンオーガ数体が、厳しい面をして追跡してくる。

 ウォルゴが叫ぶ。

「すまねえ! アネス、レザーク、ココーネ! すぐにヘキサージェン呼んでくるからよ!」


 一方のノイルたちは、透明化するヘキサートを解き、木々の下を疾駆していた。

「これで、あの方との約束は果たせられたな、ノイル!」

 度の強い眼鏡を、指で押し上げながらイッジュが言った。

「元々気に食わねえ連中だったからな。見たか? 普段からいい成績取ってるやつでもいざとなっちゃあの有様だ。狼狽しすぎだろ!」

 ケラケラと笑うノイルとイッジュだった。道順はここ何日かで覚えた。あとは学校に戻り何食わぬ顔で、黒板に向かっていればいいだけだ。

「おおい! 待ってくれえ!」

 ノイルとイッジュから遅れて走ってくるのは、小太りのジナクだった。

「遅えよ! このフトッチョ!」

 イッジュが罵る。

「早くしろ! 下手したら俺たちだって……」

 ノイルが急かそうとした際、ジナクの姿が見えなくなった。

 ジナクの背後から、メンオーガが追いかけてきていたのだ。メンオーガが手にしていたのは、太い枝――ではなく、木の幹そのものだった。重そうな武器を容易く振り回し、ジナクを弾き飛ばしたのだ。

 ノイルの視界の脇にいたイッジュが、次の獲物だった。

 殴打して弱ったところを食い漁るという習性なのは、ノイルも授業などで知っていた。

 イッジュが短く悲鳴を上げながら、メンオーガの木の幹の振り回し攻撃で弾かれ、ノイルの視界から消えた。

 走ろうとする力を脚に出せないでいると、ノイルは腰を落ち葉の上につけ、小刻みに震えだした。

「ま、待ってくれ……。殺さないで……」

 そこへ、ノイルの背面からもう一つの影が近づいてきていた。


 騒々しいメンオーガたちの咆哮が、アネスたちの耳をつんざくようだった。

 恐らく先ほどの爆発音で、メンオーガたちは自分たちを守ろうと、威嚇の吠え声を上げ始めたのだろう。

 アネスたち三人は、一様に顔を険しくし、耳を手で塞いでいた。

 最中、アネスの目には不思議な光景が映っていた。

 闇に包まれた森の中に淡い光を放つ何かが、宙を飛来しアネスたちの前に降りたったのだ。

 一枚の白色の扉だった。片開きで、扉の向こうはメンオーガの群れがいるに違いなかったが、わずかに開いた扉からこちらを覗き見ているのは、怪しげな目だった。

「アドアゾンだ……。あいつは動きを……。……?」

 またレザークの解説が始まるのかと思ったアネスだったが、レザークはそう言ったきり微動だにしなかった。

 レザークの言わんとしていたことが、アネスにはわかった。

 獲物の動きを封じるという淡い光――。

 アドアゾンの扉の向こうは、囲んでいたはずのメンオーガの姿が見えない。

 その不思議な現象の元となるのは、〝イルデルア空間〟という異空間の存在だった。

 この異空間は、ヘキサートには欠かせない手段や方法で、時間も距離も超越した空間と言われている。ヘキサートが生まれてよりこの方、多くの研究者がイルデルア空間の正体を突き止めようとしてきた。このアドアゾンの扉の向こうの仕組みや存在は未だ解明されておらず、研究者たちもその研究に余念がない。空間の中に何があるのかは、博学多才な者たちでもその正体を突き止めることは困難とされてきた。

 アネスはレザークと同様、自分の体が動かせないとわかると内心焦りだした。

 ――アドアゾンの光を見ると、体が硬直するんだったな。

 動かせないアネスの眼球には、しかとアドアゾンの姿がはまっている。

 アドアゾンの開いた扉の隙間から覗く目……。

 ――あれは舌だって言われてる……。あれが絡みつき、獲物をさらうか捕食するっていう習性だったはず……。

 この場にはレザークの他にココーネもおり、彼女も金縛りにあったように動き出せないでいた。しかし、ココーネの体は微かに動いていた。アネスの横から彼を遮ろうとしているようにも見える。

 アネスはアドアゾンの目がじいっと自分に向けられているのがわかった。

 ――僕を狙っているのか? ココーネは僕を庇おうと? くそっ、軽はずみで森へ忍び込んだのが馬鹿だった……。力を試す? レザークに勝つ? そんなこと学校でできるじゃないか……。こんなことをして、友達を失い、退学になったら、村の皆に顔向けできないじゃないか……。くそっ……畜生!

 反省と後悔が入れ替わるアネスの胸中――。どんなにこのときアネスが自分の行いを省みようが、すでに手遅れに違いなかった。

 瞬間、アドアゾンの舌が飛び出してきた。同時にココーネがアネスの目の前を過ぎりかけ、舌が彼女の体を包んだ。

 ――ココーネ! やめろ! やめろおおおお!

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