第十一章 過去との邂逅①
数日が経ち、ノイルたちは嫌な顔一つせずアネス独自の鍛錬に打ち込んでいた。
とはいっても、ノイルたちに技術的なことを教えるのは早いと思い、アネス自らもノイルたちと混ざり、走り込みや素振りなどを行っていた。
ある日の放課後に、オレンジ色の髪を逆立てた少年、ウォルゴがグラウンドの隅で、校舎に戻っていくノイルたちを眺めるアネスに近づき、
「アネスにしちゃ、珍しいな。他人に手を差し伸べるなんて……」
「いや、まあ個人的な事情もあってね」
ココーネに倣って、と言おうとしたが止めておいた。実際、ココーネも上位の成績とクラスワンに在籍していたため、数多の生徒から仰がれる存在だった。時折放課後の校庭で、ココーネから特訓を受けている生徒の集まりを見かける。
「あくまで生徒同士ってことを忘れんなよ。日頃お前の成績を妬んで嫌なこと言うやついるだろ?」
「まあ、己を鍛えることより、卑しさや浅ましさを鍛えている奴がいるってことだろうから、あまり気にはしてないさ」
「ノイルたちもアネスのいない時にそんな話をしていたからな。その勇ましさは悪かねえが、気を付けろよ。何か企んでいるのかもしれねえ」
ウォルゴの忠告を受けても、このとき心では有頂天だったアネスには些細なことでしかなかった。ノイルたちに不審な点があろうとも、見て見ないふりをすることで、彼らや自分のためになると、寛大さを振る舞って自己満足で終わらせていたのだ。
ある晩、寮監の目を盗んで、アネスとノイルは高等部の寮棟の裏手にある庭で、密かに言葉を交わした。
「忍び込む? 鋼鉄の森に?」
アネスは目を丸くした。
「ああ。どうだよ、アネス?」
ノイルは臆面もなく言っているようだった。
「いやでも、鋼鉄の森だろ? オクタージェンの根城や、先住民の住処があるとされてるけど、ヘル・マの巣がいっぱいあって、ヘキサージェンでもここ半世紀くらい、攻略が滞ってるっていう……」
「それはヘキサージェンが流した大嘘……、情報操作さ。本当は攻略もだいぶ進んで、森の大半をヘキサージェンが占領したってことらしい」
「それなら、なおさら忍び込むのは難しいんじゃないかい?」
「大丈夫」ノイルは深く頷き、
「ジナクとイッジュや、アネスの友達とかには、表面上は腕試しってことにしておこう」
表面上……、一瞬、ノイルが何を言っているのかわからなかった。続けてノイルはこう言った。
「アネス、お前の実力は、高等部とか学生の域をとうに越えている。今回、俺がこうした提案をしたのも、森内で常駐しているヘキサージェンの人にお前を会わせるためだ。その人はダイガン先生と同期の人だそうで、名をミザーレっていう人なんだが……」
「ミザーレ……聞いたことないな……」
「まあ、ともかく、俺がミザーレって人にある時会う機会があって……、ああ、まあ親の人間関係から、たまたま会ったんだが……、その時にアネスの話をしたら、ミザーレって人も噂は聞いてたみたいで、是非会わせてくれないかって話になってさ……」
それを聞いたアネスは、悪くない話だと思った。しかし、自分の評価とノイルとの友情、それらを鋼鉄の森へと侵入し危険を冒すことを秤にかけても釣り合わない気もした。
数瞬考えると、アネスは森へ力試しに行くことと、ミザーレに会うことの口実を見つけた。
「僕も最近悩んでいて……。レザークと互角というか、すでに超えている感じがして、これ以上何を目指せばいいのか、わからなくなっていたんだ。でも、自分を鍛えたいっていうノイルたちと出会って、言い方は悪いけど君たちを育てる場に回ることで、少し目の前の道が開けた気がしたんだ」
「そっか」と少し上から目線のアネスの言動にノイルは眉一つ動かさなかった。アネスは続ける。
「君たちには感謝してるよ。だから君の森に忍び込むっていう案には賛同する」
「おっ、じゃあ、腕試しをするってことでいいんだな?」
ノイルは気前よさそうにアネスの肩を軽く叩き、明るく言ってのけた。
「そうだぞ、アネスはもっと上を目指すべきだ。俺たちもアネスの腕前を見て勉強になるし。いやあ、やっぱ森へ探検しに行くのは必然だな!」
こうして、ノイルとの利害が一致し、アネスは森へ立ち入ろうと決めたのだった。
翌日の昼休みの校庭で、アネスは仲間たちと、鋼鉄の森へ行くかどうかの話をしていた。
「俺は反対だ」
行動を共にしないことを短く言い切るウォルゴだった。その頑なさは、意思の強さを表しているようで、行くこと自体を咎めている感じもする。
「あたしも」ルビーシャはウォルゴに賛成した。ルビーシャは続けて言う。
「ノイルたちと競争するのは止めないけど、わざわざ森にまで行く理由がわからない……」
肩を竦め、嘆息をつく栗毛のボブカットの少女に、アネスは苦笑いをして、
「危険だなと思ったら逃げる、それだけだろ?」
ルビーシャは口を尖らせ、
「だいたい何であんたがノイルたちとつるみだしたのかがわかんないんだよなあ」
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