第十章 パーティーのはじまり③
夕食間際の最中、ジスードの期待を意図せずして損なわせてしまったことに、アネスは汚名返上のため、更地に戻ってしまった空き地を掘り返していた。
ジスードに再度穴掘りをするよう言われた同じ作業をすることは、疲労は必至だろう。達成感のあったことの顛末に、再びたった一人で同じ作業をさせられるのは、地獄絵図でも見せられているように感じた。しかし地獄絵図にしては、煉獄の炎も何も見えない単なる穴の底の暗がりだった。一旦凹みから出、スコップを適当な所へ差すと明かりが点った。
そこにはカナリが、光石灯の入ったランタンをかざしていた。
そこでカナリは言ったのだ。
カナリが心酔しているという噂のジスードの企みを。
「ジスード会長は子供の頃から、ヘキサ・シンの測定値では微々たる値だった。そんな人が、この学校に入って生徒の纏め役をやっているのも、お家の事情から箔をつけるためよ。まあ、よくやっていることなんだけれど、お金のやり取りがあったみたいね。あなたが探しているのは、ブレイガの力を宿した武器かしら。ブレイガの力――その一つであるとされるブレイガイオンを手にすれば、敵なしと言われているわ。それを手にすればヘキサ・シンの値も膨大なものになると言われている。会長はその野望を幼い頃から抱いていた。あなたはその野望のために利用されているだけよ」
「なぜ僕が選ばれたんだ?」
カナリは冷笑しているようだった。
「単に利用しやすいからでしょう。あなたの自己犠牲を手玉に取ろうとしているだけ。私がこう真実を語っても、あなたは会長との関わりを断てるかしら?」
アネスはそう言われ、何も言い返せなかった。
語句の選出に躊躇していると、カナリはこう言い残し、去っていった。
「あなたを利用するにはもう一つ理由があるわ。あなたのヘキサ・シンの特質に由来しているのだけど……。まあ、さすがにこれ以上は言えないわね……」
アネスを背に、カナリは校舎区画の方へと歩いていってしまった。
自分のヘキサ・シンの特質とは何か。それとブレイガイオンとに何の関連性があるのか――。
先日、図書館で調べた際、ブレイガの力を操る者は究極のヘキサ・シンと呼ばれる、「アルテワーキ」という素質を持っていなければいけないという記載があった。クルイザもそんなことを言っていた。
アネスはその発見に、一年前にさらわれた時のココーネの行動が気になった。
一年前――。
初等部から常にトップの成績を誇ってきたレザークに、唯一、引けを取らない実力だったアネスは、中等部より入学してから高等部二年になるまで、学校での暮らしが充実していった。
レザークの剣の相手を、誰よりも対等にこなして見せるアネスが目立たないはずはなく、アネス自身もそのことに対して自負があった。
休み時間に廊下を歩いたり、食堂でウォルゴやルビーシャ、ココーネたちと食事をしていたりすると、アネスへ黄色い声を上げる女子や、賛嘆の音を漏らす男子がおり、アネスの心持ちは弾む以外になかった。
そんな時に知り合ったのが、ノイル、ジナク、イッジュたち三人だった。
一年前の放課後の運動場。まだ日の落ちない明るい時間帯に、突然、ノイルたちから声をかけられた。
「俺たちにアネスくんの剣術を教えてもらいたいんだ」
ノイルは、茶色の前髪を額の上で結い、髪の先は肩の辺りまで伸びていた。小太りのジナクと、度の強い眼鏡をかけたイッジュたちは、アネスへ向かって頭を垂れた。
アネスは一弾指、戸惑ったが、
「ぼ、僕なんかに教えてもらうのは、君たちの家柄からいって、不満があるんじゃないかい?」
ノイルは顔を上げ屈託ない笑みを浮かべ、
「たいした家柄でもないさ。俺たち三人、クラススリーでも最下位の方でさ……」
ノイルが再び頭を下げ、パチンと音がするくらい後頭部の上で勢いよく合掌した。
「な? 頼むよ、アネスくん! 俺たちこのままじゃ学校にいられなくなっちまう!」
クラスワンにいたアネスの耳にも、ノイルたちの悪評は届いていた。遅刻が多く、授業態度もよくないだとか……。
懇願するノイルたちを、アネスは憐れんでいた。それはアネスの細やかな良心であり、頭を下げ続けるノイルたち三人を素直に救ってあげたいという気持ちからだった。
「わかったよ。僕でよければ、君たちに剣術を教える……」
ノイルたちは喜び合った。アネスはココーネもきっと同じことをするだろうと、友の存在を尊んで真似ていた。
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