第十章 パーティーのはじまり②

 そうか……とレザークの眼鏡の奥の目が丸くなった。それはウォルゴも同じだった。

「俺も何ていうか……、前にあいつの前で飯食ってたら、ぼそっと『気持ち悪い』って言われちまって……」

「それは事実だろう?」レザークの悪態じみた冗談に、ルビーシャも大きく頷いていた。ウォルゴは苦い顔をして、「事実じゃねえよ……」と言うしかなかった。

「でもまあ、いくら事実とはいえ、以前のあいつならそんな言動はしなかっただろう……」

 レザークは小さく肩を竦めて、手前で腕を胸の前で組み、立ちつくしていたアネスを見やった。ウォルゴの、事実じゃねえよ、という一言は聞き流されてしまうのは彼らの間では自然な流れだった。

 レザークはアネスに問いかけた。

「貴様はどうなんだ? オレたちとは考えは同じか?」


 高等部の寮を抜け出して、夜風の中をアネスは疾風のごとく走り抜ける。

 後ろからついてくるのは、ココーネだ。

 何時間か前に、アネスはレザークとある計画を打ち出していた。

 校庭の片隅で、ひっそりとした声音で意見を出し合ったウォルゴとルビーシャのあと、アネスもレザークから促され、ココーネへの本音を漏らした。

 レザークたち三人は、ココーネが以前とは違い、とりわけレザークの高等部らしからぬ人脈から、ヘキサージェンのある秘密組織が、ココーネを拘束するという知らせを聞いたとのことで、ココーネの、もしくは、敵対組織であるオクタージェンの企みが一部露見し、アネスは判断を求められた。

「僕もそう思う」

 レザークに賛同したのは、いつぶりだろうか。

 アネスの肯定的な意見に、普段は眼鏡の奥から鋭い視線を送るレザークも眉を大きく押し上げるのだった。

 驚愕、というよりその眼底には、嬉しさが込められている気もした。アネスは続ける。

「あれはココーネじゃない……。それでも僕は彼女が嬉しかったり楽しかったりすればそれでいいと思っていた。僕がノイルと引き起こした騒動で、ココーネに迷惑をかけたなら、僕が何か言うのは筋違いかと思っていたんだ……」

 だが……、とレザークは半歩前に出、

「貴様も認めるんだな? ココーネがココーネじゃないと……」

 レザークらしからぬ、懇願するかのような表情にアネスはやや戸惑いつつ再びこう言った。

「僕もそう思う」

 安心したように顔を見合わせるウォルゴとルビーシャ、そして心底安堵したのか、瞑目しながらレザークは深いため息をつく。

「それで、レザークはどうしたいんだい?」アネスの問いにレザークは、

「秘密組織に引き渡す。そのためには、どんな順序がいるかわからない。父や教員に話しをつけるのが普通のやり方だろうが、昼頃にその秘密組織のスレイユって奴から連絡があったあと、四士会のカナリからも連絡を受けてな……。カナリならオレやブライコーダ家とも繋がりもあるし、信頼できると思った。だから――」

 レザークが他人に頼み事を聞いてもらうということが、アネスには随分と珍しいことのように思えた。珍しいどころか、中等部のときに出会ってから、三年と少しの間で、初めてなのではないかと思うほどだ。

 アネスはレザークの頼る相手に、何も不審を抱かなかった。

 〝校舎区画中庭の銅像前で、カナリと待ち合わせる〟

 カナリも自身の家柄から、レザークと似たような人脈を持っている。だからこそレザークも頼ろうとしたのかもしれない。カナリ経由で、ヘキサージェンの関係者に引き渡すという意図なのだろう。レザークが父親を苦手に思っているのはアネスも知っていたし、秘密組織の存在が不透明であれば信頼しにくい。苦手な父親や謎めく組織よりも、微かな可能性に賭けてかつての友人の更生、または敵であれば捕縛してもらうという狙いで、レザークはカナリを選んだということなのだろう。


 それが日中、話し合った結論だった。

「どこへ行くの、アネス?」

 中庭へ向かって走っている途中、事実を知らない様子のココーネはちゃんと後ろからついてきているようだった。

「君がヘキサージェンのある秘密組織に狙われているという密告が、レザークにあったみたいでね。あいつの顔の広さは、父親の仕事柄、ヘキサート省にも通じてるみたいだから、父親の知り合いからそんな情報を得たんだ。レザークとこれから中庭で落ち合って、君を逃がすって段取りだ。すでに秘密組織が寮区画へと進入している節もあって、これじゃパーティーどころじゃないから、ココーネを逃がすってことなんだ」

 信じてもらえるかはわからなかった。しかし不思議にもココーネは、別の部分で驚きを隠せないようだった。

「秘密組織なんて本当にいたのね!」

「都市伝説みたいな存在だったしね。社会の裏で暗躍しては、国家の陰謀に関わる謎めいた組織って言われているんだったね」

「ありがとう、アネス……」

「どうしたんだい、突然」

 前を向きながら、ココーネの感謝を聞きアネスは驚いた。

「わたしのために色々と動いてくれてるみたいだから……。何かわたしここに戻ってきてから、敵のスパイって思われてるんじゃないかって変に考えちゃって……」

 アネスは走りながら、ココーネの吐露を黙って聞いていた。

 その間、アネスとココーネは校舎区画の中庭へと差し掛かった。

 そこにカナリとレザークがいるはずだった。

 ところが、カナリだけではなく、高等部四士会の面々がいた。彼ら四人から中庭の銅像を挟んだ横には、レザークの姿もある。

 恐らく四士会の視界には、すでにアネスとココーネの存在は認められているだろう。

 しかし、アネスは四士会の、特にジスードと居合わせたことに、数日前の穴掘りの際、カナリから聞いていたジスードの思惑に警戒せざるを得なくなった。

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