第十章 パーティーのはじまり①

 休息日もすでに夕刻を迎えていた。

 ココーネとムニの歓迎会が行われるのもあと数十分というところまで来ていた。

 主催者はココーネとの関わりも深い、ルビーシャとウォルゴたちだった。

 ウォルゴは控え室にまで足を運び、主役であるココーネとムニの顔を見ようと、扉をノックしノブを回した。

 部屋の中には鏡台が二つほどあり、その前にはムニしかおらず、ココーネの姿はない。

「堂々と男がここへ入ってくるとは。いい度胸してんなあ」

 ウォルゴは後頭部を掻きながら、

「わりいな。もうあと五分ほどだし、いねえってわかってたもんで」

「いねえってわかってた?」ムニが聞き返すと、ウォルゴは慌てて、

「いやいや、何となくな。着替え終わって出歩いてるココーネを見かけたってのもあってよ」

「準備万端だと思ったから入っても大丈夫だと?」

 まあ、そんなとこだ、とウォルゴは苦笑した。

「悪いが……」とムニは突然席を立った。

「便所だ……。開始まで間に合わねえかも」

「まあ、主役は遅れた方が盛り上がるって言うしな」

「ココーネってやつも便所か?」

「さあな。女は化粧に時間かかるって話を聞いたことが……」

「化粧ならここで済ませられるだろ?」

 ウォルゴは腕を胸の前で組み、

「うーん、どうなんだろう……。まさかあいつが逃げるなんて考えられねえし。便所行くなら、ついでにいないか探してきてくれよ」

「盛り上がるってんなら余裕を持って遅れてきてやる……」

 入口に立つウォルゴにムニはすれ違い様に言うと、花を摘みに行った。


 会場となる高等部の寮の食堂は、多くの生徒たちで溢れていた。

 戻ってきたウォルゴはその中を歩き回る。

 ココーネを思いやる言葉を述べる生徒や、ムニの悪評を話し合う生徒がそこかしこにいる。男女問わず、今日の主役二人に対しての見方は極端に分かれているようだ。

 そのことに当の二人は意に介さないといった体で、遅刻が約束されてしまっているのは、それだけ心の強い人間だからだろうか。

 そんなことを考えながら、ウォルゴはアネスとレザークの姿を見かけなかったことを確かめ、パーティーの開始まで残りわずかとなったところで、パーティーの裏で進めていたある計画が順調であることを実感していた。

 会場の前方にいたルビーシャの横に行き、

「予定通りだ……」と声を潜めると、ルビーシャは無言で深く顎を引いた。

 そこへ、見慣れぬ女性がウォルゴたちの方へと近づいてきた。

 制服を着ておらず、色調を抑えた服はパーティーに着てくるドレスとも異なる。教諭であれば校内で見かけることもあるだろうが、見知った顔でもなかった。

 そこでウォルゴは、ある確信を得た気がし話しかけようとしたが、女性の方から先に話しかけてきた。

「ウォルゴくんで間違いないかしら?」

「はい。もしかして、スレイユさんですか?」

 ヘキサージェンの秘密組織の一員――、先ほどレザークから聞いていたことだ。スレイユという名も偽名だろうことは、所属している組織柄、想像するのも容易い。

 女性ははっきりと否定した。

「違います。先日この学校に赴任したばかりのカーラよ。もうパーティーが始まってもいい頃合かと思うけど、ココーネさんやムニさんを見かけないのはどうしてかしら? 控え室も覗いたんだけどいなかったし……」

 ウォルゴは言い訳を考えるために、頭の中を回転させた。


 レザークからウォルゴにある事実を告げられたのは昼食後の校庭だった。中庭とは異なる人気のない場所で彼らは話し込んだ。

「ココーネがどうやら偽物らしい……」

 ウォルゴとルビーシャはレザークのその言葉を信じられず、ルビーシャと失笑する以外のリアクションができなかった。

 その場にはアネスもおり、アネスは深刻な顔つきで口を閉じたまま、耳を傾けているようだった。

 レザークはウォルゴとルビーシャの反応を見て、詳しく説明しなければならないと思ったのか、煩わしそうに深めの息を吐くと、

「貴様ら……。笑っていられる状況ではないんだぞ?」

 レザークがウォルゴとルビーシャを一瞬見やると、

「だが貴様らも何となく違和感を抱いてはいるんじゃないのか?」

 ウォルゴは以前も誰かに顔に出やすいと言われたことを思い出し、傍らのルビーシャが、まあねえ……、とレザークの言うことももっともなように振る舞う様子を見て自身も観念した。

 ようやく帰ってきた友人を疑いたくはなかった。ウォルゴもココーネの不自然な点に気づいていたのだが、なるべくそれに触れたくはなかった。触れてしまえば、再会の歓喜とようやく自分と自分の周りの人間が抱えていた問題が解決したことで生じた、陽だまりに包まれたような心地よい時間が消え失せてしまう……。

 だがルビーシャの様子を見るに、ルビーシャも覚悟を決めていたようにウォルゴには映った。

「ルビーシャも感じているようだな……」

 レザークの言いように、ウォルゴもルビーシャに同調して、

「まあ、俺も信じにくいことではあるんだがよ……。せっかく戻ってきたってのに、おかしいなって感じまくりだったのはちげえねえ」

「何か、ココーネと久しぶりに話して、どことなく冷たい感じになったってクラスワンの知人から少し聞いたよ。それにあたしもココーネとは同部屋だけど、夜中によく抜け出してるみたいで……」

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