第九章 さまよう疑念⑦

 レザークは玄関のポストを見に行った。

 差し込み口の下のボックスに、いくつかの封筒が入っていた。

 玄関前で音石を床に置き、封筒を開けると、ココーネとおぼしき少女の映る写真が数枚入っていた。

 その写真をよく見てみる。

 まさか、ココーネがオクタージェンであるはずがない……。ココーネの変わり様を目にしても、オクタージェンであるはずはないのだ――。

 やっと再会を果たし、健康体で無事な姿を見せてくれたココーネが、敵だというのか……。

 ――そんなはずはない……!

 心奥で叫びつつ写真を見ていきながら、その写し出された姿にレザークの頭は混乱した。

 オクタージェンの正装と噂される、獣の仮面を被ろうとするココーネ、そしてそれを被り終えたと思わしき姿は、オクタージェンにまつわる様々な情報と一致していた。

 顎が震えているのがわかった。手も小刻みに揺れ、何とか音石を掴み口許へ持っていく。

「貴様、何者だ? 父と関わりがあるようだが……」

「私たちには私たちの秘密を守る義務があります。詮索はお控えを……。どう思われますか? この女をオクタージェンと認めるということについて……」

 正直、認めたくない、と叫びたい一方、この情報の真偽はいかほどのものか、レザークは数瞬思考に及んだ。

 ヘキサート省内には、諜報部や暗殺部隊など、秘匿性を義務付けられる様々な組織が存在し、多様な憶測が世間一般では飛び交っていた。中でも諜報部が国家の陰謀を隠蔽しているという見方が、多くの者が信じて疑わなかった。

 もし、この話し相手が諜報部の一員であるなら、その仕事の成果がココーネのオクタ―ジェンであるという証拠を掴んだこの写真だ。だが、それでもにわかには信じがたい。

 むしろその秘密主義が裏目に出て、手の込んだ悪戯にも見えなくない。

 しかしこの写真には目を瞑ることはできない。ココーネの一連の不自然さがオクタージェンではないかという疑念をさらに確固たるものにさせる。

「信じたくはない……できればな。だが、個人的に抱いていた違和感がこれで解消されたのも確かだ……。しかしだ。オレが信じる、信じないといった答えを出して、貴様らは何をしようとしている?」

「今夜、歓迎会があると聞いています」

 レザークの心臓が飛び出そうになった。それを知ってしまっているのなら、ココーネとの時間はそこで終わってしまうのでは……。

「その時に騒ぎを起こす危険性も秘めております。オクタージェン側もリクシリア校の生徒さんたちをココーネさんに似た人物によって欺こうとしています。この通告は官職の親族のみに知らされる大事なことです」

「一般寮の奴らなら知らなくてもいいとでも言うのか?」

「お父上からのお達しです。レザーク様。将来のリクシリア国、そしてヘキサージェンを背負って立つあなたをお守りするためです。護衛のヘキサージェンがこのあと参ります。どうか彼らと共にお逃げください……」

「できるか!」

 レザークはついに叫んだ。

「それも親の都合か……! あの糞親父め……。普段は家にいないくせしてこんな時に父親面しやがる……!」

「どうされるのですか? レザーク様?!」

 スレイユの心配をよそに、レザークは通話器の石を元に戻した。この動作で通話を終えることができる。

 時間がなかった。

 謎めいたヘキサージェンの秘密組織が学校へ押し寄せれば、歓迎会どころではなくなってしまう。

 そして証拠を示した写真が手元にあり、秘密組織のメンバーから直接、通告があったとすれば、ココーネが本人ではないという事が確実なものになってしまう。

 レザークは部屋から出、ココーネを探すことにした。

 ――どのみち、連中が到着すれば事が大きな方向へ進んでしまう……。夜まで待つか、今探しだし、ココーネから丁重に聞き出すか……。どちらも困難な道だな……。

 レザークは、リビングの棚の引き出しを開け、ミミユユの実を手に取った。

 ……お近づきの印ってやつだよ……。

 ミミユユの実をレザークに渡したその人物を、レザークは密かに思い描いた。


 リクシリアのとある収容施設では、ダイガンとノイルとの面談が行われていた。

 部屋の外では、保安局の人間二人が、待ちくたびれたように言葉を交わす。

「ダイガン先生との面談も、百回に近づいてきたか……。あの口の硬いガキもダイガン先生にはようやく、心を開いてきたようだな」

「さすがは伝説と謳われるほどはある。これまで改心した生徒の数も千を超えるとか」

「先生と仰がれるだけのことはあるってことか」

「あの少年が口を割ったのはダイガン先生が偉大だけってだけじゃないだろうな」

「口座はすでに確保されたが、他に理由が?」

「そこに納金したやつの存在が、あの少年が白状した理由だ……。出所後の安定がなければ、あの少年にとっちゃその存在も単なる裏切り者になる」


 室内では、ノイルから種々告げられた事実にダイガンも困惑していた。

「では、君は彼に騙されていたと?」

「そうです。目的はあの優等生のヘキサ・シンです……」

 優等生とは誰か――。

 すでに名を知らされていたダイガンの脳裏にはその顔が浮かび、険しい表情になった。

 ――省内の秘密組織も動いたと聞いた……。学校が大変なことになる……。

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