第九章 さまよう疑念④

 休息日も多くの生徒が学校のグラウンドに自主連をしに来る。

 アネスは、レザークとその友人たちが多くの生徒であふれるグラウンドの一角で、練習に励んでいるのを遠巻きに眺めていた。

 思考を停止させぼうっと虚を見つめようとするが、アネスの脳裏では昨夜のアピセリアとのやり取りが回想された。

 消灯時刻ぎりぎりまで、アピセリアと話した。

 アネスの心境としてはアピセリアによって見せられた、ムニに関しての記憶がどうしても腑に落ちないままでいた。

「追憶の精と私のことを言う人はいるけれど、そのムニって人とココーネって人が何をしようとしていたのかまでは、私にもわからないわ」

「それは……、そうだろうね……」

 この時のアネスは衝撃的な光景をアピセリアに見せられ、頭がうまく働かないでいた。

「でも……」とアネスは何とか言葉を紡ぎ出す。

「事実なんだろう? ココーネが誰かの体をいじって、それを無関係なはずのムニが後ろから眺めている……。そんなのおかしいじゃないか」

「どうしておかしいの? クラスメイトなら一緒に行動してもおかしなことじゃないじゃない」

「ココーネと再会して、ムニが転入してきて、まだ数日だよ」

 そう述べたあと、アネスはムニの無愛想な態度が、周囲を困惑させたことを話した。

「まあ確かに不自然かもしれないわね。その記憶が、彼女たちが転入してからのものとも限らないし……」

「それって、この二人が転入前から知り合いだったってことかい?」

「その可能性もありえるってことよ……」


 寝耳に水だった。

 アピセリアに見せられた複数の記憶は、妙な生々しさがあり、妖精というまやかしの類いであっても昨夜のことが夢だったとは到底思えない。

 アピセリアと、彼女の中に保存された記憶が事実だとすれば、ムニとココーネは、一体どういった関係なのか……?

 ムニのみならず、ココーネまでもがアネスにとって怪しく思えてしまうのは、ココーネの雰囲気が今まで見たり感じてきたことと齟齬があるからだった。

 それは昨晩、アネスがアピセリアに言いかけたことでもあった。

 ――何かもやもやするんだ……。

 そう思う理由は――

 賑やかにレザークとその友人たちと話すココーネの姿をアネスはそっと見つめた。

 レザークとは犬猿の仲になっていたが、今はただ疎遠になっているだけの気もする。

 気がかりなのは、レザークとの仲やムニやココーネたちだけではない。

 昨夜、悲しみに涙を流さなければならなかった理由は、もっと別のものだった。

 レザークの友人たちの特徴と言えば、いわゆる取り巻きというもので、レザークの得とくした剣術や、彼の家柄、あるいはそうしたレザークの生い立ちなどから生じるカリスマ性に(アネスから見て微々たるものだが、微々たるカリスマ性というものはそう呼んでいいものか)あやかろうとするのがあからさまに見てとれた。

 以前はココーネもそういう者たちとは距離を置いていた。だからこそアネスと話したり行動を共にすることが多かったのだが……。

 嫉妬、というとそれは違うとアネスは断言したかった。レザークとココーネが会話するのは行方不明になる前からずっとあった。ココーネを独占したいという欲求さえ今もこれからもないだろう。

 しかしなぜか、人と人との境界線を曖昧にし、ココーネらしく博愛的な優しさを振り撒いて、レザークの取り巻きとも屈託のない笑顔で話し込む様は、遠くからその様子を眺めるアネスを孤独にさせた。

 感情を揺さぶられる何かが今のココーネにはある。

 それは他人にとっては微かな変化に違いないだろうが、アネスにとっては大きな異なりだった。

 ――いや、それでもいいんだ……。

 アネスは微かに笑った。自嘲とも言えるその笑いが他人にどう見えたとしても、アネスはココーネが戻ってきたことが嬉しかった。

 ――僕とは疎遠になっても、ココーネがここにいる。僕の近くにいる。笑っている……。それ以上の幸せなんてあるだろうか……。


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