第九章 さまよう疑念③

「余計な前置きはいいですよ。ダイガン先生……。この一年、何回もそれを聞いてきて、僕の答えはいつも、大丈夫です、でしたから。でも大丈夫そうに見えないからこそ、先生は何度もここへ来たわけですよね? 嘘でも大丈夫だと言わないと早く帰ってもらえないからですよ。それに僕が主犯格としてここに押し込められたのは当然のことなんです。だからわざわざその質問をする意味がわからない……」

 ノイルは大きな身振りで肩を竦めた。

 ダイガンは静かな口調でこう述べた。

「君の親しい友人だった、二人の男子生徒が一命を取り留めてね……」

「ジナクとイッジュが、ですか?」

 ノイルの目が丸くなった。

「彼らはまだ話せる段階にまで回復はしていない。だが、君なら話してくれると私は信じ幾度かここへ通わせてもらった」

「前にも言ったかもしれませんが……。安易に人を信じていいんですか? 僕みたいな犯罪者でも……。僕はアネスや、レザークたちを裏切ったんです。ダイガン先生だって似たような目に遭うかもしれませんよ?」

「今ここで打ち明ければ、君の罪が軽くなる。裏で操っている人物の尻尾は掴んだと、保安局から連絡があった……。ここに現職の人をよこすのは止めにしたよ。もちろん私だからといって君が洗いざらい話すとは限らない……。だが、君は私の教え子だ。今もこれからもね……。君は自分の成績に嫌気がさすだろうが、君の行っていた努力は私も知っている。アネスくんと同じように、早朝や深夜に自主的なトレーニングを続けていた……。それは無駄なことではない。あくなき努力を続けた君が、悪戯心で鋼鉄の森にアネスくんたちを誘ったことは、何かの間違いではないか……、と私は未だに信じられなくてね……。裏で糸を引いている人物がいたのではないか……。そしてそれがある生徒だったのはほぼ確定している」

「お人好しそうに見えて、もらえるものはもらおうって感じですね……先生……」

 ノイルを操っていたという何者かが判明するまで、ダイガンと保安局は時間の問題だと早い時期から目星をつけていた。そして一年が経過し、学校にある出来事が起きた。そのある出来事とは、ことの始まりを告げるものであると、当事者たちの顔ぶれからいって、ダイガンにそう確信を抱かせるのだった。

 ノイルの言葉にダイガンは苦笑いしつつ、

「私はただ学校の生徒たちを信じているだけだ。だが、みんながみんな、私の信頼を裏切らないとは限らない。ヘキサ・シンの教えが正しくても、人は勝手に成長し勝手に動く。言いづらいがそれは私も同じだ……」

「どこまで尻尾を掴んでいるのかはわかりませんが……。でもダイガン先生ならすぐに見破れるでしょうね……」

「君の口座を調べてみたんだ。多額のお金がそこに振り込んであった……。保安局がそこまで調べをつけた。君が釈放されてからの生活費……。リクシリア国の処罰は未成年ならば、罪にもよるが他国よりも軽い。君なら数年で出てこられるだろう。それも君が白状した内容に妙な点がいくつかあるからだ。君の将来を保証する手助けをしたと思われる人物……それは……」

 ダイガンは目をそらすノイルの顔をじっと見据えながらそう言いかけた。

 ノイルはダイガンの口からその人物の名を聞かされ、頭をうなだれさせると、しばしの思案ののち、ある人物の存在を告げたのだった。


 週末の休息日。

 草花についた朝露が明け方の星々のように輝きを散りばめる。そんな中庭の天然の美しさでさえ、休みを知らないこの学校の生徒たちにとっては、何気ない風景だった。

 その何気ない風景に異様な状態を発見したのは、休日でも採点などで出勤することになっていた教員だった。

 それを茂みの隙間から覗き見ていた教員は、信じられない光景に目を何度も擦る。

 眼鏡をハンカチで拭いて、ちゃんとその有り様を見届ける必要がある。

 なぜなら教員が見た二人はうつ伏せで、背には赤く円を描いたような傷跡があり衣服の上からも血が滲んでいるのがわかったからだ。

「せ、生徒と教員のし、死体、か……?」

 そういえばここ数日、行方不明になった教職員と生徒がいたと職員会議でも議題になり、親族への確認の知らせと、保安局への調査依頼をするかの瀬戸際にあったが、まさかこの校庭の草むらに隠れるようにして転がる二人の遺体が、その当事者たちなのだろうか。

 怪訝にその様子に見とれていると、教員は我に返り、二人の脈拍を測ろうとした。

 横たわる女子生徒の首筋にそっと手を触れようとした矢先、寝言のように声を唸らせ、二人の行方不明者が動いた。

 その動き方は寝返りのようだ。うつ伏せの状態から側臥に変わり、死後硬直だったとしても少し大きな挙動に思える。

 教員は目をしばたかせて、さらに目を丸くした。

 教員の眼鏡には、二人の遺体があくびをして上半身を起き上がらせる様がはっきりと映ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る