第八章 デートの末に⑤

 レザークはその場から離れつつ、ザモスをそっと視界に入れた。

 にやにやと笑みがひきつり、常人ではない顔つきに見える。ザモスが叫ぶ。

「ガキに俺のことを教えたようだな! キシシシ! ガキどもお、これからはなるべく夜道を歩かない方がいいぜえ!」

 煽るザモスに、レザークはぐっと奥歯を噛みしめた。

「ヘキサ、リリース……」

 突如ダイガンが唱える。先手を狙ったのだ。そして手にしていた剣を、手前に突き出したまま抜刀した。

大覇剣だいはけん……! 『聖寂せいじゃく』」

 ザモスやその後ろのヘル・マたちとは、いくらか距離がある。間近とは言えないその距離をなんともせず、ダイガンは片手にあった剣を素早く左右に振り、静かに納刀した。

 ガニッシュ三体とイワモッグ二体が塵のように消えた。

 レザークは内心、驚嘆していた。

 ――あんな少しの仕草で、ジャブレンを解きヘル・マを滅却したのか……!

 ザモスは〝聖寂〟を飛びはねて回避し、陸橋のレールに着地するかと思いきや、体を回転させながら地上へと着地し、やにわに両手を地面へ叩きつけた。

 ザモスの体からは黒色の光が放たれ、顔には模様が出ていた。ヘキサ・シンをリリースするのと同じく、オクタ・ダークを解放すると、このような状態になるのだろう。知識はあるものの、初めて肉眼でオクタージェンを見るレザークにもそれは何となくわかった。

 ザモスの挙動は、石畳の道を揺るがした。瞬間、石の床が盛り上がりつつ波のようにダイガンへと接近した。

「ドッドド・ドトウ!」ザモスが声を張り上げる。

 石と土の激しい波に、ダイガンはたじろぐことなく、剣を片手で持ち再度軽く左右に往復させ、そのオクタートを相殺、石と土の荒波は消滅した。

 ザモスの姿が見えないと思いきや、すでにダイガンに肉薄していた。ザモスの褐色の拳が白く変色し、それをダイガンへと食らわせようとする。


 非現実的な戦いにオンリーアの民たちは避難するものもいれば、野次馬となって、それを見守るものもいた。

 遠くから聞こえてくる、列車の音。

 ダイガンたちの戦場の近くを通る陸橋へと、その列車は近づきつつあった。


「ガッガガ・ガンガン拳!」ザモスが吠える。

 ダイガンは剣を幾度か下から上へと斬り払いながら、ザモスから繰り出される硬質化した拳の殴打を大きな音を立てながら弾いていく。

 それを数度繰り返すと、ダイガンの大きな弾き返しが、ザモスをのけ反らした。

 やった……! レザークは黙したまま、ザモスにできた隙を見てダイガンの勝利を確信する。

 そしてレザークが目にしたのは、すでに納刀しているダイガンの姿だった。

「大覇剣……『翳凪かざなぎ』……」ダイガンが静かに詠唱した。

 そよ風が吹いたようなダイガンの攻撃は、ザモスを陸橋まで吹き飛ばす。ザモスの体は陸橋を突き破り、その向こう側へと消えていった。

 列車が鉄橋の上を通過しようと迫ってくる。

 レールの上を走ってくる音にダイガンは気付き、地を蹴り素早く破壊された陸橋の上へ到着する。

「ヘキサ、リリース」

 唱えながら、ひしゃげたレールの上に手を添える。

 光が鉄橋を包んだ。

 列車の車掌はその光に気付き、慌ててブレーキをかけた。

 ヘキサートによる修繕が先か、列車の通過が先か――。

 間近にまで達していた列車の緊急停止は、ダイガンのいたレールの上をけたたましい音を立てて過っていく。

 ブレーキは間に合わず、修繕箇所を通り過ぎていった。

 が、ダイガンのヘキサートはぎりぎりに間に合い、脱線は避けられた。

 しばし辺りは静寂に包まれた。

 レザークはザモスのオクタ・ダークの気配を、己のヘキサ・シンを使って追跡しようとするが、どうやら戦いはダイガンに軍配が上がったようで、ザモスの気配もすでになくなっていた。

 ふう、とダイガンは、レザークたちの前に現れ深く息を吐くと、

「大丈夫ですよ皆さん! 敵は撃退しました!」

 避難せずギャラリーと化していた人々からは、ダイガンのその一言と手を振りあげたのを、決着をつけた合図として見たのか拍手喝采が飛んだ。

 はしゃぐ一般人をよそに、レザークとココーネはダイガンから声をかけられていた。

「突出したとはいえ、君たちが無傷だったのは本当によかった……。次からは気をつけてくれたまえ」

 その場に和やかな雰囲気が訪れ、皆、顔に笑みを浮かべていた。

 レザークの繊細なヘキサ・シンはこの時、別の何かを感知していた。

 ビルの影にじっとこちらを覗き見る人影があった。

 それは日の暮れた現時刻では寮にいるはずの金色のポニーテールの少女、ムニだった。

 レザークはダイガンと話すココーネを置いてムニに近寄った。

「貴様……。どうしてここに……?」

「一通り学校での用が済んだんで一人でオンリーアをぶらついていたんだ。その先で、騒ぎ声が聞こえてな。駆けつけたら騒ぎの元凶を倒そうとするお前たちを見つけた」

 レザークはムニの行動を怪しむ以外になかった。

「貴様……、休日にここに来るのは間違いではないが……、やけに唐突だな。まさかとは思うが……」

 じろりとムニをねめつけるが、ムニは何も気に留める様子もなく、

「じゃ私はこれで……」

 と言って、この場から去っていった。

「単に暇なだけか?」

 レザークは独り呟きつつ、小さく肩を竦めた。

 ヘル・マを出現させたオクタージェンとこの場に現れたムニとの関係が、レザークにとってはやけに疑わしく思えるのだった。

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