第八章 デートの末に④

 ダイガンとココーネとの間でどう取り決められたかはわからないが、すでに騒ぎになっているこの状況に、護衛が駆けつけてこないのも妙な話だ。

 しかしそれもココーネが事前にダイガンから知らされているのであれば個人的なことに首を突っ込んでいることになり、余計な詮索をすることは非常識に思われるかもしれない。

 ココーネを思うがあまり、過保護にでもなってしまったのかと、レザークは自らに疑問を感じてしまった。

「敵を倒せたことは倒せたけど、別にわたしのヘキサ・シンが強くなったわけではないのよ? 鋼鉄の森で訓練したとかそんな訳じゃないから……!」

 レザークはココーネの額に大粒の汗が滲むのを見て、その憶測の域を出ないことに安堵した。

 ――もしや、ココーネがオクタージェンに毒されたか、とも思っていたが、こんな見え透いた嘘をつく悪人もいないか……。

 ココーネという大人しげで優しい友人としての印象が強い女の子が、今のような言い訳をすることが、なんとなく牧歌的にも映り、思わず笑みがこぼれた。

「レザーク、顔が笑ってるわね……」

「そ、そうか?」

「わたし、そんなにおかしいかしら?」

「いや……」と瞑目しつつ、レザークはココーネの傍に近寄り、

「ヘキサ、リリース……」

 再び、ヘキサ・シンを解放した。

水蓮すいれん……」

 レザークは疲労したココーネの肩に触れつつ、水のヘキサートである「水蓮」という名の回復術を使った。

「ありがとう、レザーク……」ココーネは活力をある程度取り戻し、立ち上がるも、

「安心している場合でもないな……」

 レザークは自分たちをガニッシュとイワモッグが包囲している現状にそう呟いた。

「そうね……イワモッグ一体に今みたいな消耗だともちそうにないわ……」

 そこへ人の気配を感じ取ったレザークは、その気配が脅威や恐怖といった感情を抑え、ほどよい安心感を与えていることに気付いた。

 ほどよい安心感……。それはその人物の強さゆえにもたらされたようにも感じた。

「大丈夫か、二人とも……」

 そこへ堂々とヘキサージェン数名を引き連れてやってきたのは、ダイガンだった。

「ダイガン先生!」レザークの安心していた気分が今度はやや高揚しだした。

 次手に逡巡し立ち往生していた自分たちを、伝説とも呼べるべきヘキサージェンが救おうとやってきたのだ。

 ダイガンの見目は、ヘキサージェンが有事の際に装備する漆黒の鎧姿だった。

 体にフィットするその鎧は、ヘキサージェンたちのボディラインが露になるが、ダイガンは高齢にしては筋肉隆々な出で立ちだった。

 レザークはダイガンからの称賛を期待したが、

「ダメじゃないか!」と大喝を浴びた。

「ヘキサ―ジェンにもなっていない君たちが、勝手にヘル・マと戦っていいわけがないだろう!」

 びりびりと、ダイガンの叱咤は、レザークの脳天に落雷したかのようだった。ココーネも傍らで申し訳なさそうに足元を見つめている。

 実際、レザークとココーネの起こした行動は軽率なものだった。高等部というまだヘキサ―ジェンとして選出されていない未熟者が、ヘル・マと戦うのは危険であり、命の保証はない。

 レザークはそれを知っていながら、なぜ戦おうとしたか、それはダイガンもすでに理解していたようだ。

「まあしかし、我々が来るまでよく持ちこたえた。君たちの起こした行動はヘキサ―ジェンとしてはあるまじき行為だが、人を助けようとするその気概は認めよう。素晴らしいことだ」

 叱りからの激励……、レザークはその言葉に、

「申し訳ありませんでした」と陳謝した。ココーネも同じく謝罪した。

 レザークはココーネを連れその場から離れようとした。ところが――、

「キシシシ! ようやく現れたか、ダイガンっ!」

 その声は陸橋の上から聞こえてきた。

 レザークは、橋の上でしゃがんでいる謎めく長髪の男を目撃した。

「あれは……?」呆気にとられるレザークにダイガンは、

「本物のオクタージェンだ……」

「あれがですか……?」

 橋の手摺から飛び降り、レザークたちの前に立ちはだかったオクタージェンのその男は、黒髪を背まで垂らし、褐色の肌に目はギラギラと血走っている。仮に成人を迎えていたとするなら、割と小柄な方だ。濃紺色の胴衣を纏い、手先や脚は袖や裾から隠れ、頭部だけがあらわとなっていた。

 イワモッグとガニッシュの前にまで来ると、褐色肌のオクタージェンは、歯を見せて再び笑う。

「キシシシ! 休日だというに俺たちの相手とは、ヘキサージェンもハードワークだなあ! しかもガキのお守りまでしなきゃなんねえとはよお!」

 ダイガンは、ぼそっとレザークに告げる。

「昔から何かと私に絡んでくる厄介な奴でね……」

「まさか、お一人でこの数を?」

 レザークは心配するが、ダイガンは微笑み、

「なに、少し相手をするだけだ。ヘル・マに関してはそう時間はかからない。あれは『ザモス』という術者だ。ジャブレンを纏わせているのも奴だろう。聖なる力に満たされている空間の中でヘル・マを活動させるためのジャブレンだが、邪悪な力を持ったヘル・マにその膜を纏わせると、ジャブレンから逃れようとヘル・マの体が拒絶反応を起こし暴走気味になるため、より力が増す。ザモスは〝地〟のオクタージェンに属しているようでね、あれでも下っ端なんだよ。さあ、君たちは下がっていなさい」

 ダイガンの指示に、レザークやココーネは速やかにその場から離れた。ダイガンの号令はレザークたちだけではなく、ダイガンが連れてきたヘキサージェンたちへのものでもあった。 

 ――ヘル・マを単独で千体は倒したとされる先生ならば、きっと……。


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