第八章 デートの末に③

 しかし、ガニッシュの甲羅を破ることもできず、のけ反らせることもできなかった。直立不動のままのガニッシュの背後に着地したレザークは、振り向きながら、思わず目を丸くした。

「な……、効いていない? そこまで強いヘル・マではなかったはず……」

 レザークの言っていることは、ヘル・マの生体や種類などを書籍にまとめた、ヘル・マ図鑑を参照にしている。

 ガニッシュやイワモッグという巨大な敵に、レザークがまだ高学年という段階で挑んだのも、無鉄砲というわけではなく、図鑑を参考に倒せると見込んだからだ。だが、ガニッシュの実際の硬さは、図鑑で得た知識やレザークの予測を上回るものだった。

 くっ……! と悔し紛れに奥歯を噛みしめ、レザークは攻撃を続けようとした。

 地を蹴り空中を疾風とまごうことなく跳ねたレザークだったが、そこへイワモッグが口を開けて噛みついてきた。

「しまっ……!」

「ヘキサ、リリース……」

 そのとき、レザークの危機を察知してか、他の場所でイワモッグと一戦交えようとしていたココーネが、レザークの窮地にヘキサ・シンを解放した。

 灰色の光がココーネの体から映え、レザークと同様、顔や手に模様が顕現した。

 ココーネは地に立ったまま、両腕を宙でかき回し始める。段々と旋風が巻き起こり、やがて竜巻へと変化した。

 砂埃がつむじを描き、荒々しい風音を立てる。

 イワモッグが果たして、そのヘキサートで倒せるか……。

 レザークはイワモッグの顎を、閃刃・改で上下の顎をつっかえて辛うじて噛み砕かれずにいた。

 レザークを顎で咥えたままのイワモッグは、そのまま着地する。

「閃槍!」

 レザークはあきらめてはいなかった。

 再び雷のような槍を作り、それをイワモッグに突き刺す。電撃で痺れたイワモッグは、レザークを口から落とし、行動不能の状態になった。

 それを見届けたであろうココーネは、両腕を大きく回して、竜巻の威力を上げていく。

 吹き飛ばすという方法でなら撃退はできるだろう。一目でココーネの生んだ竜巻の威力はレザークが思っていた以上に洗練されたもののようだった。

 イワモッグはもがいて竜巻から逃れようとしていたようだが、竜巻はあっけなくイワモッグを飲み込み、空中でバラバラに引きちぎられたのだった。

 ――風圧で引きちぎるとは……。ココーネはこの一年、さらわれたはずなのにどうやって鍛えていたんだ?

 ココーネのそれはことによってはレザークの現段階での実力を上回るということになる。

 レザークの成績は、時に学年で首位を誇るほどだ。レザークはそんな自分を自負していたが、行方知れずだったココーネが、今の自分以上の成績があるのなら自分の立ち位置が危ぶまれそうだ。

 そしてもう一つ――。

 ココーネのこの力技と言えるくらいの力量は、レザークの推測通り、ココーネがオクタージェン側と何らかの関係性があることの証ではないかと思うに至った。

 そもそもこの緊急事態にココーネを助けるのが護衛の仕事だろう。

 ところが、護衛一人走り寄ってくるどころか、道の中央にいるレザークたちを見物するかのように、高層の建物のガラス窓の内側に人々がちらほらといるだけだ。

 ――護衛が来ない……? 最初からいなかったと考えるべきか? いやしかし、ココーネが帰還する際、保安局と何らかの話はしたはずだ。であれば、ココーネをなるべく一人にしないようにするだろう。

 この不自然な有様をどう解釈すべきか。戦闘中だというに、レザークは考え込んだ。

 しかしココーネが敵側に寝返ったというのは杞憂だった。

 息を喘ぎつつ、ココーネが膝をついたのだ。

 ――この状態なら、ココーネらしいか……。仮にオクタージェンに寝返ったとして、その下僕とするヘル・マを殺すなどということはすまい。オレの憶測はココーネを軽んじていたとも言えるか……。

「ごめん、レザーク……」ココーネが顔を曇らせ、

「久しぶりにヘキサートを使ったから、制御が難しくて……」

「ああ、加減ができなかったんだな。見ればわかる」

 今のところ以前と変わらない様子のココーネを見て、

「それより貴様、森から帰還した時、護衛をつけるとかって話にはならなかったのか?」

 唐突な質問だった。何の思いもなく戦場とも言える場でレザークはココーネにそう問うた。

 え? とココーネも碧い瞳を丸くし、質問に驚いているようだ。

「あ、いや。敵地に行っていた貴様が、敵の内情を知っているかもしれないわけだからな。護衛くらいはつけるか、と……。貴様の窮地にかけつけてもこないし、違和感を抱いたというわけだ」

 そう、とレザークの思いに反し、ココーネは口角を上げた。

「護衛をつけるという話はダイガン先生から聞いたわ。でもごめんなさい。このことはレザークや学校のみんなにはあまり話すことはできないの」

 そうか、とレザークは納得した。ココーネとその近辺の警護そのものが、もはや守秘義務として成り立っているのだ。いくら父親がヘキサート省の役人でもレザークに機密事項を教えることは規律に背くことになってしまう。ココーネは続ける。

「大丈夫、この騒ぎだってすでに大ごとになっているし、護衛のヘキサージェンだってすぐかけつけるはずよ」

 ――たしかにそうだが……。

 レザークの心中では完全に得心がいかないでいた。

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