第八章 デートの末に②
物腰柔らかそうに名を呼ぶその人物は、黒いスーツを着た白髪の老人だった。老人は影から姿を現し、青い鞘に収まった剣を手前に差し出して、レザークに微笑みかける。
「け、ケンス? 貴様、こんなところで何を……」
「今日はぼっちゃまが成長なされる、大事な日。わたくしはそう見極めておりました。この剣はぼっちゃまがお使いになるよう旦那様から預かっていたもの……。ささ、これを手に取り、ヘル・マを……」
「ずっとついてきていたのか?」
ケンスは感慨深げに目を細め「今日はぼっちゃまが成長なされる大事な日……」と言葉を繰り返すと、
「ブライコーダ家の執事として、わたくしの仕事を全うしたまで……。さあ、あのレディに相応しきご活躍を……!」
ケンスは、レザークが幼少の頃からブライコーダ家に奉仕してきた執事だった。
色々と問いただしたいところではあったが、急を要する場であったため、黙ってケンスから剣を取り上げた。鞘からスラッと音を立て剣を抜く。
閃刃・改――。
青い刀身は真っ直ぐ天へと伸び、その刃へ雷のヘキサートを付加させるために専門の刀鍛冶が作成した、改良型の剣だった。
古くからの言い伝えでブライコーダ家には剣の神から勅命を受けたという逸話がある。やがてその一族が雷を使った剣術をマスターし、ブライコーダ流を名乗るようになると、退魔という目的で世に広めるために世俗に混ざって生活を始めたという。
レザークは剣を抜き取った鞘を放って、ケンスの方へもう一度視線を投げるが、すでに老齢の執事の姿はなかった。
ふう、と嘆息をつき小さく肩を竦め、気を取り直したレザークは、多数存在するヘル・マの内のガニッシュ一体と対峙した。
――まさかデートの果てに初陣とは……。
レザークは自分の膝が笑っているのを感じた。
――オレもいつかはヘキサージェンの一人となる男だ。怖じけづいている場合ではない……!
レザークは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
そして剣の柄をぐっと握りしめ、
「ヘキサ、リリース……」
レザークが詠唱したと同時に、体から水色の光が発生し、顔や手などの皮膚に模様が表れた。
レザークは剣をガニッシュから隠しつつ、刃先を地に向けたままの姿勢になる。武器が敵から死角になるためこれだと敵も攻めづらい。
レザークはヘル・マたちのあることに気づく。
「〝ジャブレン〟を纏っているというのは本当だったんだな……習った通りだ」
「レザークも気づいたみたいね……」
ココーネがそう言い、こう続ける。
「どこかに術者がいるかもしれないってことかしら」
実際、ココーネの言うとおりだった。
エンブールドの主な防衛手段は、エンブールド全域に張られた大きな結界だ。エンブールドの四方に設置されたジョクスストーンというヘキサ・シンの結晶体によって、オクタ・ダークという邪気を纏ったヘル・マを侵入させないためにあらかじめ備えられたものだった。
オクタージェンからの攻撃が頻発するようになって以来、〝ジャブレン〟という術の効果を保持させたヘル・マたちが侵入してくるようになった。〝聖なる気〟として認識されたヘキサ・シンに満たされた結界内で、ヘキサ・シンに近い気を含んだ膜――ジャブレン――をヘル・マの外皮に纏わせることで、結界の内側でも活動できるようになる。
結界に入ったということはオクタージェンが同行し、レザークたちのいる付近に潜んでいるということでもある。
「ま、こいつらはヘル・マの中でもそうてこずる部類には入らない。オレが順に仕留める。ヘキサージェンの先輩方もいずれ駆けつけるだろう。ココーネはどこか物陰にでも……」
「いえ、わたしはイワモッグのほうの相手をするわ……」
そうか……、とレザークは心でココーネの態度に関心をもった。
行方不明になる前はこのような好戦的ではなく、大人しく博愛的な感じのする少女だった。レザークと同じく実戦経験は皆無だとしても、ココーネの様子は森に連れ去られて以来、心境に何らかの変化が表れたということなのだろう。先ほどのココーネの態度からしてみても、どうやらそう考えた方がよさそうだ。
レザークが密かにそう結論付けると、ココーネはイワモッグへと駆けていった。
「ココーネ、貴様の勇姿をこの目に焼き付けられてオレの士気も上々だ。……クックッ……」レザークはどこか冷酷な笑みを浮かべ、
「さて……」
述べながら、レザークは青い刀身にヘキサ・シンを込める。青い直ぐ刃に、稲妻が走った。空のヘキサに属す雷撃のヘキサートだった。
これは〈武装式〉と呼ばれる術の形式で、解放したヘキサ・シンを物体に宿らせ、攻撃力や武器の耐久力を上げる効果がある。ブライコーダ家のオーダーメイドである閃刃・改は、主にそれを目的として作成され、雷との相性がいい。
ガニッシュを倒すには、腹の真ん中の目を狙うか、甲羅を突き破るしかない。
レザークが短く息を吐いた。
剣の先をガニッシュへ向ける。
「
槍のような稲光が数本レザークの周囲に現れた。その尖端がガニッシュの腹の目に向け放たれる。
薄暗いオンリーアのある通り沿いで、青白い光が瞬いた。
続いてレザークは突進、ガニッシュとの過ぎ去り際、
「
短く詠唱しつつ、雷光の迸りと共に剣を横へ薙いだ。
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