第八章 デートの末に①
オンリーアの街中をココーネと歩いていたレザークは、遠くに映える茜色の空模様に目を細め、何とか予定どおりにデートを終えられたことにほっとしていた。
夜の訪れに、街の中はネオンの光で溢れた。レザークとココーネの周りには多くの人の往来があり、その大半が恋人同士のように見えた。
路地裏に入って階段を下りたところで、視界が開けた。小さな休憩所のようで、ベンチがあり、その奥ではオンリーアの街並みを眺望することができる。
ココーネはじっとビル群の景色に見入っていた。
「ねえ、レザーク」ココーネはレザークの方を振り向き、
「今日はありがとう。色々と楽しませてくれて」
「いや、楽しんでくれたのなら、それでオレも満足だ」
「見てあれ」
ココーネが指差した方角には、円筒状の建物があった。
レザークはココーネの横に並び立ち、
「あれは確か、源石に代わる新たなエネルギー源を抽出する施設だったな……」
「〝ヘル・マエネルギー〟……。ヘル・マの体内にある半永久的な根源力は、オクタージェン……もといヘキサ・シンとされてきた。あの建物の中で巨大なヘル・マの力が生活に役立つ燃料になる。まだ開発途上だけど……」
レザークも昼間、オンリーアの至るところでその片鱗を垣間見た。
ヘル・マエネルギーによって、鉄道やバスなどの交通の利便性が高くなるとされ、一般家庭にも広く普及されることで、以前よりも生活水準が向上し日々の営みが潤沢なものになるらしい。
エネルギー革命とも言えるべきそうした出来事は、人々の生活がより過ごしやすくなることを目的とした、エンブールド各七ヶ国が総力をあげて取り組む一大プロジェクトだった。
レザークが都会で見たその一端は、陸橋の支柱で、その上に新規の鉄道が加わると言われており、目撃した大きな支柱はどこか近未来的な風景を想起させた。
「だが問題もある。ある特定のヘル・マを捕獲して人間の生活の糧にすることで生まれるリスク……。いつヘル・マが目覚め暴れだすかどうか。その懸念が多くの人を不安がらせているのも事実だ」
「そうね。主に〝自由なる空〟……わたしの母さんの所属する慈善団体が、日々反対運動を起こしてる……。レザークはどう思う?」
レザークはその質問に答えようと、言葉を選ぼうとした。しかしココーネは続ける。
「危険と隣り合わせの日常……。ヘキサージェンを目指すあなたや多くの候補生たちが、敵であるヘル・マを生活源にさせること自体、矛盾していることにならないかしら……。〝自由なる空〟も活動を活発化させている……。それを監視し止めるのもヘキサージェン……。そうなればヘル・マを守るという形になってしまうわ……」
ココーネ? とレザークは呟き、少しだけココーネを訝しんだ。
ココーネの話し方が戻ってくる前とは違う気がする……。その話の内容や語り方は、ヘキサージェンを総括するヘキサート省に勤める父親を持つレザークを、挑発しているかのようにも見えた。
「オレは……」
ココーネの問いかけに真面目に答えようとした。
レザークが今から述べようとしたことが何か間違っていても、組織化された人間の考え方のあらゆる相違というものはお互いに高等部の身分でも何となくココーネにもわかるだろう。
レザークは厳格な父のもと、自らを鍛え続けてきた。今でも時折説教を受けることもあるが、ヘキサ・シンの教えを重んじているからこその厳しさだ。だがレザークはそんな父に盲従するつもりもなかった。
自分なりの考えをココーネに伝えようと、半歩踏み出すが……。
その時、遠くから女性の悲鳴と、ざわめきが聞こえてきた。
まだ夕映えの街中は視界が利く。
レザークはココーネが以前のままであることを信じて、視線をココーネに注いだ。それは悲鳴が聞こえた場所へ向かおうという合図でもあったが、幸い、ココーネはレザークの胸の内を読んでくれたようで、二人は一度頷くと騒ぎの出所とおぼしき場所へ向かった。
叫び声を上げながら逃げてくる人々を縫ってレザークとココーネがたどり着いた場所は、陸橋近くの歩道だった。そこに大型のヘル・マが複数出現していた。
白と赤の甲羅の両側からは鋏と脚が伸びた甲殻類を彷彿とさせるヘル・マ「ガニッシュ」が三体、全体的に丸みを帯びた体躯に尻尾の先端は尖り、前足と後ろ足には鋭い四本の爪、上下の顎は三角錘のような形状をした巨大な土竜を思わせるヘル・マ「イワモッグ」が三体――。
ガニッシュは逃げ遅れた人の体を挟もうと、素早く鋏を伸ばすが、その一般人はかろうじて免れ、遠くへと逃げていった。
イワモッグは石敷きの道の下をその硬い爪先で潜ってきたようで、辺りには石と土が混ざった土塁がいくつか散見される。
ガニッシュの白い腹部には一つ、大きな目がはめられ、今しがたつまづいて倒れた女性を凝視している。
イワモッグには五つほどの目があり、それぞれぎょろっと不規則な動きをし不気味だ。
ココーネが近くで倒れたその女性の手を取り立ち上がらせると、女性は覚束ない足取りで逃げていった。
レザークは腰に手をやるも物足りなさに気づく。
――しまった……。武器を携行するのを忘れた……!
思った直後、後方のビルの影からレザークを呼ぶ声が聞こえた。
「レザークぼっちゃまあ……」
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