第七章 共通認識⑤
二人はまた座って、再び言葉を交わす。
「僕はエーモワールから来たんだ。僕の村も子供の頃にオクタージェンに襲撃されて、危うく両親を失うところだった」
「それでも犠牲者は出たんだろ?」
「うん……」と昔の凄惨な事件に、アネスの顔は自然と暗くなった。
「だから将来的には、エーモワールに帰って村を守るヘキサージェンになろうかと思ってるんだ」
「そうか。しっかり目標を持って偉いじゃないか」
ムニが誉めてくれたことにアネスは驚きつつ、
「いやいや……。ムニだって自分の意思を貫いて一人でここに来たんだろ? それだって偉いことだよ」
アネスが誉め返すとムニが、ふふっと微笑し、アネスは再び驚いた。
――笑うと結構可愛いんだな……。
「ありがとな……。だが私の場合は復讐のためだ。そんな不道徳な動機でこの神聖な学校へ来た。誉められたものではない……」
ムニは首の後ろに両手を回し、胸の飾り物を取り出した。
ほれ、とそれをアネスの前に差し出し、
「エーモワールの有名な土産物だ……」
「ミミユユの実……。ありがとう。でも僕も持ってるんだ」
「そうか。お近づきの印で渡すのが、ゴドルザレスの地方では習わしなんだよな」
「ムニもその決まりごと守ってるんだね」
「お前も誰かに渡したのか?」
「うん。何人かに渡したよ」
「ま、お互い仲良く行こうじゃねえか」
ムニはペンダントを自分の首にかけ直し、次いで手を差し出してきた。
「まさか、ムニの口からその言葉を聞けるとは思わなかったな」
「どういう意味だそれ?」
「第一印象が怖かったんだよ……」
「そ、そうか。それは悪かった。だが私が仲良くしたいのは、アネス、お前だけだ……」
アネスは頬に笑みを刻みつつ、ムニの手を握った。
「そのうちきっと皆とも仲良くなれるよ……。僕はそう信じてる」
ムニは顔を赤らめ、そっぽを向いた。
「たくさんの人と馴れ合うのは好きじゃねえんだ……」
性格は異なるものの、はにかみ方を見ていると、どことなくココーネに似ている感じがした。
――髪や目の色が似ているからかな……。何となくココーネに似てるけど……。
アネスはムニの名を呼び、
「明日の夜、高学年の寮でココーネの帰還祝いをするんだ。もちろん君が新入生としてここに来た祝いの場でもあるんだけど、ムニ、そういうの嫌がるかなと思って……」
「い、いや、ま、まあ参加できればするってことで……」
照れ隠しに笑ったように見えたがムニはそう言うと立ち上がり、背中を向けながら手を振り中庭から去っていった。
その後数時間が経ち、アネスはジスードと秘密の掘り起こし場へとやってきていた。
夕闇に飲まれつつある学校の敷地の端のにある場所で、アネスとジスードが見たものは、何も掘った形跡のない更地だった。小さな草花が生えた、掘ったこと自体が無に帰したかのような、アネスにとってみれば信じ難い光景に、ジスードの顔色を窺うことを余儀なくされた。
夕焼けに赤く染まるジスードの顔が、怒りかどうかも判別がつかなかった。
「本当に掘り起こしたのかい?」
「いや、こんなはずはないんだ……! 僕は本当に全て掘り返したんだよ。そしてそこには何もなかったんだ……」
ジスードは少し体が震えているようだった。奥歯をぐっと噛み締めたように、顎が強張ったようにも見えた。高学年の四士会会長は額の真ん中でわけた髪を手でかき揃えると、深く嘆息をつき、
「私も時間がなくてね……。これがどういうわけか君に理由を聞いたり、弁解してもらったりする暇はないんだ。結論としてはこうだ……」
その時ジスードの言葉とアネスの言葉が重なった。
「掘り直す……」
ジスードは目を丸くして、
「気が合うね。わかっているのなら速やかに始めてくれ……」
そう冷たく言い放つと、ジスードはその場から去っていった。
ジスードの背中の方から、スコップで土を掘る音が聞こえてきた。
ジスードはそれを聞きながら呟いた。
「実直だが、沸点には及ばずか……」
ジスードの去った後、アネスは再び穴を掘っていった。
何もなかった……、その報告だけでは信じてもらえなかった。
利用されている? として、どういう利点がジスードにあるというのか。
まるで奴隷のように自分を顎で使うことに意味があるというのか。いや、しかし――
アネスは懸命にジスードのほのかに滲ませる悪意を否定しようとした。
すでに日が沈んでいる。今日はここまでにするか、とアネスはスコップを適当な場所へ刺した。そこへ、闇になりかけの空隙に明かりを持った人影があった。
長い黒髪が垂れる顔の左側に髪止めをつけた少女――、カナリが、光石を入れたランタンを持ちそこにいたのだ。
「もう暗いから、そこまでにしておきなさい」
「カナリ副会長……」アネスが驚いてその名を口にする。
「あなたも馬鹿なんだか真面目なんだか……。ジスード会長の野心の手伝いをさせられていることに気づいていないの?」
「ジスードの……野心?」
「まあ、あまり口には出せないことだから……。人の気配はないようだし、こっそりと教えてあげる」
薄暮で、アネスがカナリから聞かされたのは、一驚に喫する事柄だった。
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