第七章 共通認識④

「でも、黙ってなにもしないわけにはいかないでしょ?」

「そうだけど、決定的な差が一つ……」

 あー、とルビーシャはアネスの言わんとしていることがわかったようだ。

「あんたのヘキサ・シンが消えちゃったのってなんでだろう?」

「今のところはなんとも言えないけど……。昨晩ふと、自分と向き合うことが大事なのかなって思ってね」

「自分と向き合う?」

 アピセリアのことを言うか言うまいか、アネスは名前を出すのは控えた。アピセリアが何を考えてきっかけを作ってくれたか、厚意からだったとしても、それは不明瞭だ。

 アピセリアがこの学校の生徒であるなら、ルビーシャも知っている可能性はある。だがアネスはアピセリアのことを尋ねるのを後回しにし、今は嘘で取り繕った。

「瞑想みたいなものだよ。そうやって自分を肯定していけば、ヘキサ・シンも戻るんじゃないかと……」

「ヘキサ・シンと自分は同じって意味合いもあるもんね……」

 アネスの腹の虫が鳴った。少し雑談に時間を割いてしまったようだ。

 

 休日は学校からの食事は出ないことになっている。アネスは事前に用意しておいたパンをかじり、ルビーシャは自分で作ったというサンドイッチを食べた。

「ねえ」ルビーシャはかじりかけのサンドイッチを広げた布巾の上に置き、

「あたしたちのこの状況ってデートみたいだね」

「いきなり何を言い出すんだい?」

「だって今頃、レザークとココーネはオンリーアで昼御飯のはずだよ? あんたとレザークが競走相手なら、あたしもそれに張り合う関係になれるかなって……」

「別に張り合うつもりはないよ……。ライバルって言ったって剣術に関してだし、僕は両手剣、レザークは片手剣だから武器としては同じではないんだけど」

「じゃあ何でライバルなんて言ってんの?」

「僕らの間では互いに競い合う間柄で行こうって話さ。月に数回、試合があるから、どのみち戦う相手ではあるんだけど、まあ、友達同士の軽いノリって言うかね……」

「ほう……」ルビーシャは目を丸くし、

「友達であることは認め合っていると?」

「それが何か問題でも?」

「いやいや、男ってそんなもんなのかなって……」

 顔を綻ばせて再びサンドイッチを口に運び、ルビーシャはもぐもぐと口を動かす。アネスはそれを見て、別段今が好機というわけでもないのに、アピセリアのことを聞いてみた。

「アピセリアって人、ルビーシャは知ってる?」

 食べている途中だったルビーシャは、アネスの問いに、咳き込みそうになりながら口の中のものを飲み物と一緒に無理矢理飲み込んだ。ルビーシャは再度咳き込みつつ、

「そんな……、どっかのクラスにいるみたいな言い方よしなよ……」

「知らないのかい?」

「いや、生徒の名前じゃなくて、〝ヘキサ・シンの妖精〟って言われてるんだ」

 〝ヘキサ・シンの妖精〟――

 人間の内側には自然界の要素が含有されており、その大元を〝ヘキサ・シン〟と言う名称で、エンブールドにおいては広く認識されている。

 ヘキサ・シンの妖精とは、ヘキサ・シンを擬人化させた幻想的な存在ということだろう。ルビーシャは続ける。

「アピセリアって言うのは、『追憶の精』とも言われているんだ。その人の記憶や思い出を夢の中で見させて、人によってはいい思い出や嫌な記憶もあるから一概にはその妖精が善か悪かは言えないんだけど、夢って心地よさももたらすから、あたしは良い妖精なのかなって思ってる」

「追憶の精……」

 悩ましげな顔に見えたのか、ルビーシャは「どうしたの?」と首を微かに傾いだ。

「い、いや、そう言えば昔、何かの本で読んで知ってたけど、なんだったっけかなって記憶が朧気になってたもんで……」

 そこへどこからともなく、ウォルゴが割り込んできた。

「アネス、お前に面会希望者だ」

「面会希望者?」問いかけるアネスの前に、ムニが現れた。 

「こいつがちょっと話があるみたいでさ……」


 ムニと話すことになり、昼食後アネスは、学校の中庭の草むらにムニと座り、故郷ゴドルザレスの話を聞いた。

「ズークルー……、何年か前にオクタージェンの襲撃に遭った村だね?」

 ムニと隣り合って話すのは初めてだった。無愛想なイメージのある金髪のショートヘアの少女だが、アネスはズークルーという名の村の出身であると聞いて、同郷のよしみから二人の間にあった隔たりは消え去ったように思えた。

 それはムニの話し方からも明らかだった。

「そうなんだ……。あたしの家族や友達が、オクタージェンに殺されてな……。以来、オクタージェンに復讐を誓い、この学校へ来た」

 教室でのつっけんどんな態度とは異なり、同郷というだけでムニはどこかアネスに心を許している感じがした。

 アネスもムニの急な親しみやすさに、気持ちはドキドキした。異性という意識よりも、ムニの性格の豹変が互いにあったはずの見えない壁を取り払ったことに、やはり人と人はわかりあえるという自由で楽観的な思いが芽生えたのだ。

 とはいえ、ムニの話す内容や、二人の間で抱えた過去の出来事などから、素直に嬉しくはなれない。

「村の人たちのヘキサ・シンに僕からも祈りを捧げるよ……」

 アネスはムニの前で跪き、胸に手を当て頭を垂れた。ゴドルザレスでは死者を弔うときの所作だった。

「ああ、それなら私からも……」

 二人で向かい合い、喪に服した。

 中庭を穏やかな風が吹き抜けていった。


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