第七章 共通認識③

「何があったの?」

「元々、森へ誘ったのはアネスだけではなかった。ノイルって奴、ココーネも覚えているだろ?」

「ええ。まだ元気でやってるのかしら?」

「貴様は忘れているかもしれんが、ノイルが森へ誘った主犯格だった」

 ノイル・ゲルスという男子生徒が他二名の同級生らとアネスをそそのかし鋼鉄の森へ忍び込むことになった。

「あいつは今、収容所にいる。まあ当然の結果だが」

「アネスが主犯でなければ、連帯責任ていうので、クラススリーに?」

「オレも最初はクラススリーに降格した。まあ色々あって何とかクラスワンには戻れたんだが……。とばっちりはウォルゴや、ルビーシャも食らった」

「それじゃクラスワンが賑やかでなくなってしまうわね。二人とはこの間久しぶりに会って、元気そうだったけれど……」

「オレやアネスなんかは、罪滅ぼしとして貴様の両親に手紙を書いたし、リクシリア国内の農家に行って収穫の手伝いや、寺院の清掃の手伝いなどをやったりした」

「ウォルゴとルビーシャはクラススリーへの転入だけで済んだのね?」

「あいつらは本当にとばっちりだった。ノイルと数人の奴らは、オレやアネスとの力比べみたいな感じで誘ったからな。ウォルゴとルビーシャは後からつけていたんだ。お目付け役としてだ。オレたちが肝試し感覚だったのも貴様が不幸になった一因だ。だからオレはずっとあいつを憎んでいた。ノイルが主犯でも、あいつはあいつでやる気満々で、オレや貴様を誘ったわけだ。だが最近になってオレはその過ちに気づいた。怒りのぶつけ所が違うんじゃないかってのもあるが……」

「剣の腕を競いあっていたあなたたちが一時期、険悪な仲だったのはアネスからも聞いたわ……。あなたの言う過ちって……?」

「オレにも責任があるってことだ。あいつを殴ってでも止めるべきだったと……」

 ココーネは穏やかな笑みをこぼした。レザークの自責の念に駆られる姿を垣間見、そのささくれだった心に癒しを注ごうとしてくれているのだろうか。

「それはわたしにも言えることだわ……。あなたち二人を殴ってでも止めるべきだったと……」

 レザークには間の抜けた言い方に聞こえた。

「貴様がオレとアネスを殴ってでも……?」

 ええ、とココーネは小さな拳を作って見せた。

「フッフフフ……」

 レザークは思わず吹き出してしまった。

「何で笑うの……。あ、あなた、わたしを馬鹿にしてるわね……」

 ぷうっと頬を膨らませるココーネに、レザークは弁解した。

「いや、すまない。何か面白くてな……」

 もうっ! とココーネは顔を紅潮させて顔を背けた。


 清掃を早々と切り上げ、その後教室で補習授業を受けていたアネスは、喪失したヘキサ・シンが復活する予兆を感じていた。

 教員一人が監督しつつ、筆記試験が実施された。清掃が早朝だったので、昼までの数時間、ほどよい疲れにぼんやりと昼食のメニューを考えていたら、用紙のほとんどを埋めていなかったことに気づき、ラストスパートをかける競走の選手のように、集中力を増して残りの空欄を埋めていった。

 アピセリアとまた話がしたかった。

 アピセリアが謎めいた人物であることに違いはない。しかし彼女の容姿からいってその不思議な出で立ちが、アネスに快癒の兆しを予感させていたのだった。

 今までに感じたことのない、この心の躍動感――。

 治るのではないか、というより、これまで体感したことのない出来事が起こりそうな気がしたのだ。

 そう思うと実は最近いいこと尽くめなのではないか、と気持ちはさらに弾み始めた。

 ココーネの帰還がもっとも大きな出来事だったが、アピセリアの存在も幸運を呼ぶ人物のように思えてならなかった。

 ――ヘキサ・シンを取り戻すにはアピセリアの協力が必要かもしれない……。

 書き込んだ答案用紙を見つめながら、アネスは次に自分が行わなければならないことを頭の中で整理していた。


 アネスは補習を終え、教室の戸を開けた。そこに戸の近くで屈んで耳をそばだてていたルビーシャがいた。

 栗毛のショートボブの少女は驚いて尻餅をついたが、後頭部をかきかき、えへへと笑い、

「は、はろはいほ〜」

「何をしてたんだい?」

「応援だよ」

 応援? とアネスは頭を傾げる。

 立ち上がったルビーシャをよく見ると、派手な色合いのノースリーブのシャツにミニスカートを着て、手にはポンポンがある。

 それをルビーシャは小さく揺らして、

「がんばれアネス、がんばれアネス!」

 と調子を取って声を出した。

「静かに……」とアネスは苦笑いして静粛を促した。

「休日だからって、騒がしくするのはよくない」教室の方を一瞥し、「先生だっているんだし……」

「静かにする代わりに、アネスの応援は続けてもいい?」

「ここで?」

「今みたいに教室の近くとか、お昼だから、食べながらアネスの頑張りを称えるとか……」

「お昼を一緒に食べるのはいいけど、そんな……称えるなんてことしなくていいよ……」

「レザークに先越され気味だから、あたしはアネスの後押ししたいなって思ったんだっ」

 アネスは頭を掻いて、

「先越され気味じゃなくてもうとっくに越されてるって。同じ時間を過ごしてきたはずなのに、テストでどんどんいい点取っていったみたいでね。あいつの方が先に補習を終えたんだよ……」


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