第七章 共通認識②
どこかで見たようなペンダントである。
あれは、そう、ココーネがアネスからもらったというアネスの故郷の土産だ。
ミミユユの実。赤い宝石のような光沢のある小さな実で、アネスの話ではふるさとであるエーモワールの村でしか採れない実だとか……。
そこで遠くから笛の音が聞こえた。
清掃の様子を見ている教員が休憩を知らせたのだ。
ウォルゴは好機と見て、ムニへ再度話しかける。
「おつかれ! いやー、掃除ってやつは気持ちのいいもんだなあ!」
ムニは相手にせず、そのまま振り向いて別の区域へと赴こうとした。
「その赤い実……。綺麗だなあ」
ムニは立ち止まって、ウォルゴを睨み付けた。
口説かれていると思われたのか、それは見間違いでない限り拒絶反応を示していた。
しかしウォルゴは、怖じ気づく心を抑え、
「エーモワール出身なのか、ムニって?」
ムニははっと目を見開いた。
「アネスってやつも、エーモワール出身なんだぜ? あいつも同じミミユユの実を持ってたっけ……」
「お前……、エーモワールを知っているのか? アネスって奴も同じペンダントを?」
「お、ようやく答えてくれたか!」
「それなら知らないはずはないよな……。エーモワールが昔、オクタージェンに襲われたのを……」
「ああ」ウォルゴは真顔で答えた。親友の負った古傷。アネスがそれを自分に語ってくれた過去のいきさつを忘れるはずもない。
「アネスから少し聞いた。あいつの両親はオクタージェンの連中に殺されかけたんだ」
休憩になったばかりで、まだ清掃を再開するには時間がある。
ウォルゴはムニと近くのベンチに座り、言葉を交わした。
「私はズークルーという村から来た。同じゴドルザレス国内にある……。アネスってやつも悲惨な過去を経験したんだな。両親が殺されかけるとは……」
ゴドルザレス国は、エンブールドの中でも北東に延びた細長い形状の国だ。オクタージェンの本拠地があると目される鋼鉄の森と隣接し、昔から被害に遭うことが多かった。
「今度話してみたいな。アネスってやつと……」
「ああ、俺から伝えておく。なあ、ムニ……」
「なんだ?」
「俺たちはお前を歓迎してる。以前何があったかは知らねえが、ここではそんなの関係ねえから。いつでも頼っていいんだぜ?」
「他人に構ってられないって言うのが本心なんだがな……。私は他人にあまり興味がない……。だからそっちから話しかけてくれた方が、私としても都合がいい」
「そうかい。んじゃ、今度話しかけたらちゃんと返してくれよ?」
「わ、わかった……」
何を思ったか、そう言うとムニは赤面した。
ウォルゴとしてはムニとの関係を極めて個人的なものにしていきたかったのだが……。
――アネスと話したい、か……。畜生、アネス、今度食堂のデザートもらうからな……。
「おいっしい!」
首都オンリーアまで訪れていた、レザークとココーネは、町中にある喫茶店でスイーツを食べていた。
雲一つない青空。通りに面した喫茶店のラウンジで、二人はパラソルの下に腰かけ楽しいひとときを味わっていた。
「口に合ったようだな」
レザークは執事のケンスから、オンリーアに関する様々な情報を得ていた。その中の一つにこの喫茶店のパフェが美味とあり、レザークはそこにココーネと一緒にやってきていた。
一年というブランクを経て、この金髪のショートヘアの少女の変貌ぶりが気になったが、ご満悦にパフェを頬張る姿は、普遍的な同い年の女子のそれと何ら違いはなく、レザークは密かに胸を撫で下ろしていた。
――よかった……。一年前の感覚でいうと、教室での過ごし方も特段変なところはなかったな……。
事件が起きる前に仲良くしていた、クラスワンの生徒とも以前と異なりはなく、いざこざもなかったようにレザークには見えた。
――何とかひと安心だ……。
ココーネに悟られぬよう涼しい顔をして、カップを手にし一口含む。
――この後どこへ行くか、しっかりスケジュールは組んである。ココーネの傷や疲れを癒してやるのだ。
レザークの求めることはやりがいだ。一見、どのカップルもしているような普通のデートだが、ケンスの博識さに頼りつつ、能動的にココーネの喜びそうな店やスポットなどを思案し、この喫茶店での間食も、レザークの計画のうちだった。
時間を作り、他者へ奉仕するこの行いこそが、ココーネが帰還するまで補習に明け暮れていたレザークにとっては、まさにかいがあった。
一方で、頭の片隅ではある懸念が蠢いていた。
――ココーネが無事に帰ってこられたのは喜ばしい限りだが。敵地と言っていい場所から帰ってきたわりに、護衛もいないとは……。
そっと、視線を動かして辺りを一瞥してみたが、護衛につくほどの者であれば、気配も消せるだろう。
――ココーネが敵側の内情を見知っていることだってあり得る。保安局から、護衛の一人や二人いてもおかしくはない。
レザークは眉を動かさず、ココーネを見やった。しかしそこには無垢な笑みを浮かべる金髪の少女がいるだけだった。
「レザーク、顔がにやにやしてる。パフェ、あなたも気に入ったの?」
フルーツが盛られた特大のパフェだった。ココーネは口元にクリームをつけ、レザークにそう尋ねた。
――少し気に留めるだけにしておくか。
とレザークは思い、口元を僅かに緩めた。彼なりの微笑みというやつだった。
「……いや、ただこうして貴様と過ごす時間が楽しくてな……。何せ一年ぶりだし、無傷で帰ってきた貴様を見て、これまでの苦心からようやく解き放たれた気もしてな……」
ふふっとココーネは小さく笑って、
「ありがとう。そんなにまでわたしを気遣ってくれていたのね」
「アネスもだいぶ心を削ったようだった。いがみ合ったりもしたし、あいつには少なからず迷惑をかけてしまった……」
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