第七章 共通認識①

 学校が休日になると、決まって何人かの生徒は清掃作業をすることになる。

 主に成績が芳しくない生徒が選ばれる。この日の朝、早い時間帯からアネスとウォルゴは学区内清掃に参加した。

 アネスはこれも償いだと、ジスード他、四士会のメンバーのいる傍らで、箒や塵取りを参加する生徒たちへ配っていた。

「俺たちがいなくてもいいんじゃないっすか? ジスード会長……」

 ゴンダがアネスの後ろで出っ張った腹を揺らす。ゴンダの肩に乗り脚をぶら下げたミュールも、余った袖をめくって、肘をゴンダの頭に置き両目に望遠鏡を添えたような指の形を作ったまま、

「みゅーん、むむ……。椅子が汚名返上のために突出中……」

 ぱちんと、ゴンダの額を叩き、

「おい椅子。椅子らしくしてないとあちしが座れないだろう」

「ミュール、椅子なら俺がやるって」

 ゴンダが、自分の両肩からしだれたミュールのすねの辺りをさすりながら言う。

「椅子は多いに越したことはないだろ? ゴンダ椅子」

「俺のこと椅子って認めてくれるんだな!」

 ゴンダの耳や眉を隠す髪の下の顔が、怪しげな笑みを浮かべる。

「ご機嫌よう、四士会の皆様……」

 そこへ先日、アネスとの秘密の特訓をルビーシャに発見され中止せざるを得なくなった、深緑の髪をツインテールにした少女ラナイアが声をかけてきた。

「アネス様に比べて何もしてないように見えるのは、わたくしの気のせいでしょうかしら? 高みの見物のようにも見受けられるのですけれど……」

「こいつがやりたいって言うからやらせてんだ。文句があるならアネスに言え」

 ゴンダのあしらう言い方に、ミュールも賛同する。

「そそ。あちしの椅子になりたくなきゃ黙ってな、下々!」

「あら、わたくし下々なんかではありませんわ」ラナイアの語調は至って冷静に見えるが、ラナイアもモンドルスという家名に自負があるようだ。これから一悶着が始まるのだろうか、という空気が漂い出すも、

「止めなさい、双方とも」

 カナリがなだめた。

「清掃の時間よ。貴重な時間を使うんだからしっかりやって。学舎を綺麗にすれば心も清らかになるのだから……」

「だってこの下々が、四士会なにもしてないって突っかかってくるんだよ?」

 ミュールに言われ、カナリは臆面もなく手のひらを返した。ラナイアたち三人に力説する。

「何もしてなくなんかないわ。こうしてここまで掃除道具を持ってくるの大変だったのよ?」

 ラナイアの従者、メノンとガラナが順に反論する。

「そんなのあんたらの当然の仕事だろう」

「それだけで全うしたみたいに言われてもな」

 最後にしめるような形で、ラナイアが言った。

「おバカさんなんじゃありませんの?」 

 そんなやり取りの中、アネスは無言で、ラナイアたちの前に箒を差し出した。

 ラナイアたちにとって、アネスがこき使われていると思っていたのだろう。そんなアネスに掃除を促される形となり、庇おうと必死に意見したことは余計な気遣いだったと感じたのか、ラナイアたちは目くじらを立てていた顔がいくらか萎れ、

「申し訳ありません……アネス様……」

 深緑のツインテールの少女が言うと、彼ら三人は大人しく自分の持ち場へ歩いていった。

 アネスはラナイアたちの、半ばいざこざになりかけた状況を右から左へ聞き流すようにして、参加者分の箒を配るのを続けた。分配待ちの生徒の列はすでになかったが、箒はまだ数本あり、アネスはその中の一本を自分の分として手にした。

「アネス、あまり無理をするなよ」

 ジスードが労いの言葉をかけつつ、アネスに近づいた。そして耳元でこそっと伝えた。

「この間言っていた、掘り起こしは終わったんだろう? 是非私にも見せてくれないか?」

 アネスも小声で話す。

「その言葉を聞きたかった。夕方、一緒に来てくれ」

 ジスードは微笑みながら頷いていた。


 ウォルゴは、アネスから箒を渡されアネスとは別の場所を掃除することになった。

 特に決まり事があるわけではないが、以前、アネスと一緒に掃除していたところ、会話が弾んでしまい、カナリに叱られたことがあり、今回は様子見で別行動を取ることにした。

 快晴の下、涼しげな風が吹き、最初は気持ちよくできていたのだが、数分後にはその穏やかな時間が打ち砕かれた。

 ムニがどこからか箒を持ってやってきたからだ。

「よ、よう! お前も掃除、やることになったんだな!」

 気さくさを装って会話のきっかけを作ってみるも、ムニは無言のまま箒で校庭の地べたを掃き始めた。

 涼風の風音も静かで、ムニとウォルゴのいる間には運動場からの生徒たちの掛け声が響いてきた。

 まあ、仕方ない、とウォルゴはムニを黙殺して箒で砂埃を集め始める。

 箒の先が地を擦る音が辺りに流れながら、二人は作業を進めた。

 ふと、ムニの方へ視線をくれた。

 密かにムニの顔色を窺うつもりだった。

 ムニの引き結んだ薄い唇からは息も漏れていないようだった。

 しかし黙々と作業に没頭する金髪、碧眼の少女の顔は、先日目に焼き付いていた嫌な印象など欠片もなく、黙っていれば美しい女の子だった。

 ――こりゃあ意外な発見だぜ。

 片方の眉を押し上げてから、掃除の続きをと思いムニから視線を外そうとしたが、ムニの首から下がった装飾品にウォルゴの両方の眉が上へと跳ねた。

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