第四章 歩み寄る幸福⑤

 レザークは瞑目しつつ頭を下げ、

「はい。アネスくん共々、今後も勉学に励み、二度と同じ失敗をしないと約束します……」

 横にいたアネスはレザークのタイミングを読んだのか、なんとか二人同時に頭を垂れ、丁寧な謝罪ができた。

 部屋の隅でダイガンはそれを見届けていた。

 ――二人とも慎重に言葉を選び、また勇気を持ってこの場に臨んでくれた。君たちの努力を陰ながら称えよう。

 ひと安心する一方、ダイガンは無事に帰還したココーネの姿をじっと見つめた。

 特に何か思うところがあったわけでもなく、ダイガンはただココーネを見つめるのだった。


 放課後は各自が専攻する地水火風空識のいずれかの属性や、得意とする武器の種別にわかれ、訓練をすることになっている。

 レザークは担任から雑事を頼まれ、それを済ませたばかりだった。教室に残って荷物を整えていると、外からは訓練に励む生徒たちの掛け声が聞こえてくる。

 教室の戸をノックする音が聞こえたのでそちらを向くと、ココーネが立っていた。

「ココーネか……。何か用か?」

 ココーネはレザークの方へ近寄りつつ、

「明日休みでしょ。一緒にオンリーアの方まで遊びに行かない?」

 都心部のオンリーアには休日にもってこいの様々な店や施設があり、多くの人々で賑わう。そこでデートでもしようと言うのだろうか。

 ――明日は自主連に時間を割く予定だったんだがな……。

 一瞬考え、レザークはこう答えた。

「構わんぞ……せっかくこうして貴様が戻ってきたんだからな……。アネスたちも誘うか?」

 いえ、とココーネは頭を振り、

「レザークとだけにしたいの……。少し話があるから……」

「そうか……」と表では冷静さを装うが、

 ――お、オレとだけ……?

 急に気恥ずかしくなってきたレザークは、ココーネの顔を直視できなくなった。

 ――くっ。とうとうこの時が来たのか……。

「どうしたの?」ココーネが怪訝にレザークの顔を覗き込む。

「い、いや、何でもない!」

 その後、待ち合わせ場所と時間を決めココーネは去っていった。

 レザークは廊下を歩きながら、

 ――デート、デートか……。よし、こうなれば勢いに乗じよう。今まで辛い目に遭っていたココーネを存分に楽しませてやるのだ!

 ……レザークとだけにしたいの……。

 ココーネのあの一言が脳裏を過った。

「うおおおおおっ!」

 急に叫び散らし、壁に頭を何度も打ち付けた。

 それを意図せず目撃してしまったのは、こともあろうにムニだった。転入初日から嫌われ者で他者に目もくれない、そんな冷徹な彼女でも、レザークのその奇行には眉を押し上げたまま、立ち尽くしていた。


 放課後の訓練も終わり、学校の一日が過ぎようとしていた。

 闇に包まれた各校舎は小、中、高、大の各学年を擁している。

 全寮制であるヘキサート学校は、西側に広大な寮区画を設け、生徒たちの食事と寝床が用意されていた。

 ひっそりとした暗夜に、虫たちの鳴き声がこだまする。

 闇に紛れて、ムニはある人物と念話を行っていた。

 ――潜り込んでどうであった?

 ――はい……。やはり皆、まだ戦いを知らない子供でした。牧歌的な雰囲気を常々感じ、馬鹿らしく思えるほどです。

 ――お前もそれに毒されるなよ。オクタージェンの使いとしての任務を全うすることに重きを置け。

 ――承知しております。

 ――敵対者の中にいるとは言え、ことを荒立てると計画を断念せざるを得なくなる。慎重に期し、あまり目立った行動はするな。

 ――御意……。あなた様の肉体を取り戻すためには代償となる別の肉体が必要ということでしたが……。

 ――そうだ。アルテワーキを擁した我々の標的はすでに伝えたはず。しかし私がその力を得るにはある程度、代わりとなる別の肉体がいる。

 ――すでに目星をつけております。

 念話の最中、ムニは気配を察知していた。

 一人は戸締まりを行っていると思われる教員。そしてもう一人。訓練を終え、備品を片付けて遅くなったらしい女子生徒が、施錠に勤める教員と話をしている。

 ムニは中庭に面した校舎に並ぶ、柱の影に隠れながら、二人に近づいた。

 ――二人ご用意できます。それを隠す場所も……。

 ――そうか、慎重に執り行え。

 接近に成功したムニは「オクタリリース」と細やかな声で唱える。

 灰色の小さな気流を体から起こし、念話相手の糧となる一見無関係なその二人に向かって片手を掲げた。

 二人の背中から血が弾けた。

 ムニは気を失い倒れた二人の様子をさらに近づいて見下ろす。

 念話の相手は喜んでいた。

 ――くっくっくっ……。私にも見える……。良くやったなムニ……。

 ムニは敬意を込めつつ胸に手を当て、静かに頭を下げた。


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