第四章 歩み寄る幸福④
その頃、別棟の応接室では、ココーネとココーネの両親が面会していた。
ココーネの母、ネネルはふくよかな体でココーネを強く抱き締めた。
「ああ、まさかこんなにまで早くあんたと再会できるなんてねえ……」
ネネルは白髪の混じった茶髪を後ろで結い、頬はパンのようにたゆんでいる。
「夢でも見ているみたいだ」
父リギルも感極まったのか目尻を濡らしていた。黒い前髪はいくらか後退し、口元にはしわが刻まれている。背はネネルより低いが、短い袖からはたくましいかいなが出ていた。
ぐすっと鼻を鳴らしたネネルを見て、ココーネは声を震わせた。
「心配かけてごめんね、お母さんお父さん……」
部屋にはダイガンと校長のセイガンも同席していた。
「あんたが帰ってきてくれたことが何より嬉しいよ……」ネネルはココーネの頭を撫でた。
「また休みになったら、うちに帰ってきなさい……」
リギルも顔に笑みをたたえていた。
そこで応接室の扉がノックされ開いた。
アネスとレザークがこの機会に正式な謝罪をしようと、担任とやって来たのだ。
「あんたたち、もしかして……」
「アネスくんとレザークくんです」
目を丸くするネネルにダイガンが紹介する。アネスとレザークは深々と頭を垂れ、口を揃えた。
「すみませんでした!」
ネネルは目を丸くし、リギルと顔を見あわせた。
アネスとレザークはココーネと彼女の両親と懇談した。
懇談前に、アネスは給湯室から温かい飲み物をトレイの上に乗せ、各人の前に差し出した。
ソファに座り合った一同は、アネスの隣にレザーク、対面にはココーネとその父と母という形となった。
「ありがとう。若いのに気が利くじゃないか……」
ネネルは微笑みながら言った。
「いえ、これくらい……」アネスは破顔した。
「彼なりの償いというものらしいです」
ダイガンが言うと、ココーネがアネスの方へ向き、
「もう気にしなくてもいいのよ……」と穏やかに言った。
ネネルは早速カップを手に取りつつ、
「うちの娘を森に誘ったことを反省してるってのは伝わってるさ……」
アネスは首肯し、自身のヘキサ・シンが消失したことを話した。失った時期としてはココーネが行方不明になったあたりからとネネルに告げた。ネネルは茶を一口すすり、
「不思議だねえ。ココーネを行方不明にしたからヘキサ・シンを失っただなんて、にわかには信じがたいよ」
「すみません……。その、僕は別にココーネさんのせいにしている訳ではないんです……」
「わかっているよ。あんたたち二人からは謝罪の手紙ももらってるからね。ただココーネが戻ってきたからと言って、全てが解決した訳じゃない。手紙はあくまで形式上のものだとすれば、ここで今から話すことは必然的なことさ。罪に苛まれ苦しい思いをすることも反省するという点では少なからず必要だろ。私もいくらか他人に心ない言葉を浴びせられたもんだ。娘がさらわれて『〈自由なる空〉に入っている場合じゃない、今すぐに報復を』なんてことや、『親の教育がなっていない』とかなんとか……。そういうことを言ってくる他人なんて、自分が間違っていると思うどころか、正しいと誇示してくる……。ほんと厄介なもんさ」
ネネルの口から放たれた、自由なる空――。
国と国とが国境を超え手を結び、エンブールドの平和と安寧を維持していくことを根本として活動する慈善団体のことだ。エンブールドと大陸の北側に有する鋼鉄の森で生活を営む先住民や、オクタージェンとの歩みよりも想定しており、活動の幅は広い。
ネネルは茶を一口含み、
「余計な話をしてしまったね。今解決すべきはあんたのヘキサ・シンをどうするかなんだが……」
ネネルはレザークをまじまじと見つめ、
「アネスくんのがなくなったっていうのにあんたは何ともないんだねえ……」
ネネルの関心はレザークに向いた。
レザークは背筋を伸ばし、腰を上げソファに再び浅く腰かけると、
「す、すみません……。この場に同席できて良かったと思っております。謝罪の機会を与えてくださり、深く感謝いたします」
「あんた確かレザーク・ブライコーダ……くんだったね。あんた、ブライコーダさんのご子息かい?」
「僕の姓を覚えていてくださり、感謝の極みです。……はい。父はヘキサート省、術者庁討伐課の副課長を担当しており、肉親としても、ことの始まりの頃は厳しく叱られました……」
「お父さんからは、自由なる空に多額の義援金をいただいたよ……。もちろん金で解決って話ではないだろうけど……。あんたがこの場に来てくれたこと自体、良かったと思うよ」
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