第四章 歩み寄る幸福③
ココーネの帰還は、リクシリア校内では大きな出来事だった。
新聞部もすぐに動いた。掲示板をココーネの顔写真とインタビューが飾った。
《行方不明の同志、無事帰還!》
掲示板の前には多くの人集りができ、アネスはそれを尻目に、ダイガンと校庭に出ていた。
「ココーネくんはクラススリーへの配属となる。彼女は嫌な顔ひとつしなかったよ。鋼鉄の森に一年もいたわけだ。これに保安局も目を光らせ、ココーネくんには密かに護衛をつけている」
ダイガンの言うことが事実なら、教室や廊下で護衛を見ることもあるだろうが、アネスは一切それを見かけなかった。
それをダイガンに尋ねると、
「なに、護衛が護衛とわかるのもいくら同級生とはいえ、それはそれで危うい。これまでなかったことだが、生徒にオクタージェンが混じっていることも可能性としてはあり得る。生徒である君に話すのも忍びないが、これは大事に至る小事を守ることだ。くれぐれも他言しないように」
そう言いつけられたことで、隠し事ができてしまった。
ウォルゴやルビーシャ、レザークたちも薄々、ココーネが帰って来たことで生まれる疑問点や不自然さに気づいていくかもしれないが、今はダイガンに言われた通り、友人たちにはココーネの事情を口にするのは避けることにした。
次の日も、アネスのクラスでは滅多に訪れないある出来事が起きていた。
「我らの新しい同志を迎えることになった……」
担任の横にいたのは新入生らしき金髪の女子だった。金髪の女子は担任から促され、
「ムニ・ユイツ……」と名乗った。
煌めく金色の髪をポニーテイルにし、切れ長の目は青いが、瞳そのものに他者を受け入れるような優しい色はなく、どこか殺伐としている。
「何かおっかねえな……」
アネスの隣の席にいたウォルゴがそう呟くと、ムニの鋭利な視線がウォルゴに注がれた。
思わず口を手で覆うウォルゴだった。
名乗ったあと、担任から促されたムニは、それほどまで癇に触ることがあったのかという剣呑な目つきで、机と机の間を歩いていった。
アネスは推測した。
――もしかしたらあの人がココーネの護衛かもしれない……。
アネスのその推測は、単にココーネと同じ時期に転入してきたという理由で生じたものだった。
休み時間になり、転入してきたムニの周りには女子数名の人だかりができ、女子たちは気さくに話しかけていた。
「ムニさんの出身地はどこです?」
「……さて、どこだかな……」
ムニは言うと胸の前で腕を組んだ。
「趣味とか好きなこととかは……」
問いかけようとした別の女子だったが、ムニは答えずそっぽを向いた。ムニの態度はあまりにも冷淡だった。
無表情というより、やはり他人を寄せ付けない冷徹さを漂わせたような顔つきに、転入してきたばかりのムニを気遣おうとして集まっていた女子らは、溜め息をついたり、肩を竦めたりしながら、ムニから離れていった。
「早くも溝ができちまったなあ……」
廊下で残念そうにウォルゴが言うと、アネスもムニの一挙一動に曲げていた口を開いた。
「自分から敵を作りに行ってるね」
「あれか? 転入初っぱなからクラススリーになったのが頭にきてるとか……」
「それはだって、試験の結果に左右されるわけだし。言いにくいけど自分に問題があるとしか言いようが……」
ウォルゴにそう述べるも、アネスはムニがココーネの護衛であるという考えを、半ば失いかけていた。
――あんな無愛想な人じゃ、護衛になんて選ばれないんじゃ……。
ヘキサージェンとしてのテクニックに秀でていれば、ヘル・マなどの敵を退けることはできるだろう。だからこそ護衛として選ばれることもあるわけだ。しかし面接も試験の一環であるというし、ムニのような性格ではヘキサージェンに選ばれることも難しいのではと思わずにはいられなかった。
「あんた、そんなんじゃ友達できないよ!」
教室の方から突如聞こえてきたのは、ルビーシャの怒鳴り声だった。
ウォルゴとアネスは教室の入り口から顔を覗かせた。
「別にそれでいい。友達を作るためにここに来たわけじゃないから……」
「じゃあ何しに来てるの?」ルビーシャは顔を紅潮させていた。
「ヘキサージェンになるため……」
真顔で答えるムニのその言葉を聞き、ルビーシャは踵を返して自分の席へ戻っていった。
戻っていった先には女子のグループがおり、一人の女子がこう尋ねた。
「あれ以上言い返さないなんて珍しいじゃん」
ルビーシャはちらっとムニの方を見つめ、
「いや、まあ、もっともな考えだなって……」
ウォルゴが近くにいた男子にこう問いかけた。
「ルビーシャの怒りの訳は?」
「さっきと同じさ」男子は首を一度傾げ、
「仲良くしようとルビーシャが話しかけたら……」
「以下略。なんとなく想像できるな」
ウォルゴは言った。
また他人を疎んじるような言葉でも吐いたのだろう。
そこまで他人を近寄らせない理由とは何か、アネスは頭の片隅で密かに思うのだった。
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