第四章 歩み寄る幸福②

 一年――

 一年である。その歳月に、アネスのココーネへの思いは何重にも編まれ、いつの日か、と編んだ思いがココーネに届くことを願った。

 それがようやく叶ったのだ。

 アネスの涙に応えるように、ココーネの頬にも雫が止めどなく伝っていった。

 ぐすぐすとジョクス像の近くの床に寝転び泣きじゃくる二人に、何者かが近づいてきた。

 アネスとココーネはそれに気づき、それがダイガンであると知った。

「水を差すようで悪いが……。良かったねアネスくん。ココーネくんが無事だったのは奇跡だよ」

 二人して立ち上がり、背の高いダイガンの顔を見上げる。

「今までありがとうございました。先生……」

 アネスの言葉にダイガンは声を出して笑った。

「まだ礼は早いぞ? 君のヘキサ・シンは戻ってはいない。これからも特訓を続けなくてはな」

 ココーネはそれを聞き目を丸くした。

「ヘキサ・シンが戻ってないってどういうこと?」

 アネスはココーネが行くえ知れずとなってからのことを伝えた。レザークとの仲が悪化したことや、ヘキサ・シンを失ったことを。

「そうだったのね……。わたしがいないうちにそんなことが……。でも……大丈夫」

 ココーネはぽんと胸元を叩き、

「アネスとレザークの仲を修復させてあげる。これは迷惑をかけたお詫びだから」

「迷惑だなんて……。僕が全ての原因みたいなものだから、そんなに張り切らなくても……。気持ちはありがたいけど、その前に皆に顔を見せに行こう」


 教室に戻ったアネスとココーネを見たルビーシャやウォルゴ、レザークたちは帰還した友人の姿に目を奪われたようだった。

 驚きのあまりしばらく三人は口を開かなかった。

 次いで口から飛び出したのは、どこでなにをしていたか、怪我はないか、オクタージェンに危害を加えられなかったかなど、アネスが聞いたこととほぼ同じだった。

「ココーネが戻ってきたぞ!」「よく帰ってこれたわね!」「怪我とかしてないか?」

 ココーネのいたクラスワンの教室にはウォルゴやレザークたち以外にも生徒が大勢おしかけた。

「ご無沙汰ね、ココーネさん」

 ココーネとは以前から関わりのある友人たちが、ココーネに話しかける。

「こんなに日に焼けて……。肌が荒れちゃうじゃない」

「お風呂とかどうしていたの? 髪は傷まなかった?」

 ココーネは一人ひとりに言葉を返していく。

「本当にご無沙汰ね。忘れられているかと……」「森の中にいるのに焼けてるのもおかしいかもしれないわね」「ええ、お風呂には正直困ったわ……」

 その様子を見て、ルビーシャは感情を抑えられなくなったのか、鼻をすすり始め、次第に嗚咽をもらして涙を流した。そしてルビーシャの感情はとうとうココーネを包容するにまで感極まったのだった。

「本当によかったよお、ココーネえ!」

「ルビーシャ……。ありがとう……」

 ココーネの様子はいなくなる前と同じで、クラスメイトたちはその態度や仕草に安心したのか、ココーネに別段、とやかく言うことはなかった。


「ココーネが戻ってきたんだ。レザークも嬉しいだろ?」

 休み時間にクラスワンの教室に顔を覗かせたアネスは、感動を分かち合おうとしてレザークに話しかけたが、レザークの眼鏡の奥にある鋭い目は、周囲の生徒とは違うものを察知していたようだ。

「どうだか……」レザークは眼鏡を指で押し上げ、

「救出されたのはいいが、貴様とノイルの犯した罪は帳消しにはならんぞ? それはオレとて同じだ」

「わかってる……」

 高揚した気分が急落したように思えた。

「オレだって正直嬉しいが、ココーネはこれから別の教室で一年分の遅れを取り戻さなければならない。会おうと思ってもなかなか会えないことの方が多くなるだろうな」

「仕方ないよね……」

「貴様のヘキサ・シンもそうだが、なるべく早めに手を打っておいた方がいい。ココーネがなんて思うか、貴様にはわからないだろう」

「わ、わかってるさ! だからダイガン先生だって特訓に付き合ってくれてるんだ」

「ふん、本当にわかっているのか? ココーネを鋼鉄の森にまで誘った貴様が、退学されずダイガン先生から手ほどきを受けていることに疑問を感じる奴もいるんだ。なぜ罪を犯した奴がそんな特別扱いなのかってな……」

 それは……と、アネスは口をつぐんだ。

「わかっているなら、以前と同様、それに見合った振る舞いをすることだ……。オレは貴様がどうなろうと知ったことではないが、誹謗中傷を被るのは貴様自身なんだぞ……」

 言ってレザークは教室から出ていった。


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