第四章 歩み寄る幸福①
数日に渡って雨が降り続いた。穴掘りは雨中、三日間で全て掘り終えた。
しかしほぼ予想していた通り、ブレイガの力や、武具は発見できなかった。その間、ジスードからは何も連絡がなく、幸い、ルビーシャに発見されることもなく一作業を終えた。
鼻をよくすするようになったのは風邪だからだろうか。普段から鍛えていたのが功を奏したのか発熱や倦怠感もなく、四日目の夜にダイガンから手紙をもらい、翌朝にいつもの償いを中止して、中庭で解放の訓練を行うということになった。
現在、その中庭でアネスはジョクスの銅像を見上げつつ、ダイガンを待っていた。
強い暁光がジョクス像を輝かせ、思わず光の方へと振り向く。
校舎と校舎の隙間からまばゆい朝日が射しこみ、眩しさのあまり表情を険しくさせた。
中庭は石畳の通路がばつ印を描いて校舎と校舎の間を通っており、中央の交わった場所にジョクス像がある。植え込みや芝生、樹木や茂みなどもあった。
ジスードの言う通り、掘り起こし作業をやってみた。ココーネを失った後悔と悲嘆の重石を心にかけたまま、時が流れていくのを、それを行うことで取り除けそうな気がしたが、鼻をすするようになっただけで、さほど日常に変化が訪れたというわけではない。
朝日を浴びても、美しい蒼穹の空を眺めても、アネスの心中には歓喜も悲哀もなかった。あるとすれば、達成感だけだろうか。結果を伴わない、空っぽな達成感とはどういうものか。自分のことながらアネスにもわからずにいた。
「アネスー!」
そこへ呼び声がし、アネスがそちらへ目をくれると、一人の少女が走ってきた。
ここの制服を着た金髪の少女――
それが中庭のどこかの茂みから突然現れたようだった。少女の姿にアネスは目を見張る。
アネスー! と叫びながらその少女は飛び付いてきた。
はっしとアネスの首回りに両腕を掛け、二人は勢い余ってくるくる回りながら倒れ込んだ。
「コ、ココーネ?」
地に寝そべる二人の目と目が交わる。
アネスの胸奥では、自分の行いによって消え去ったココーネの面影と目の前の少女とが重ね合わさった。
「ココーネ……?」
再度名を尋ねると、ココーネらしき少女は嬉々として、瞳を潤ませていた。
間近で見る思い出深き少女の顔――
金色の髪が風になびき、まるで金粉が舞うかのように美しく、瞳は紺碧の海のようだった。その瞳をしばたかせ、アネスを見つめる。肌も健康的な小麦色で、乳白色だった以前のものとは多少異なっていた。
「また会えてよかった……」
金髪の少女はアネスを胸元へ抱き寄せた。
「本当に……本当にココーネなのかい?」
甘えるように胸の感触に頭を預けつつ、アネスはそう尋ねた。
「ええ……そうよ」
「どこに行っていたんだ? 僕は……本当に君が心配だった……」
アネスは涙ながらに問うと、今までの辛さを柔らかく包み込むように、ココーネは優しい声音で言うのだった。
「森でさ迷っていたの。わたしを取り込んだヘル・マが途中で力尽きて、わたしは森へ放り出されてしまった……」
アネスは柔らかなココーネの温もりの中でじっくりとその声や話し方に聞き入った。
「生きていけるか心配だったけれど……。わたしを守ってくれる人が現れて……」
「それは何て言う人だい?」
アネスは顔を上げた。すぐそこにココーネの顔がある。
「フレールっていう名の人だった。わたしを森から返してくれたっきり、会ってはいないわ……」
「オクタージェンの連中には遭遇しなかったのかい?」
「ええ、しなかったわ……」
本当に何事もなかったかのように、ココーネは純朴な感じで言った。
「そんなことより……ごめん、ココーネ……」
アネスは今まで言いたくて言えなかったことをここでようやく口にした。
「僕があの時、ココーネを森へ誘ったのが間違いだった……。本当にごめん……」
いいのよ……、とココーネはアネスの後頭部を撫でた。
「あなたは確かに過ちを犯したかもしれない。でも自分を責めすぎないで……」
「ココーネ……」名を呟いたあと、アネスは涙にむせった。これで終われるのだろうか。自分の罪がこれで問われなくなるのだろうか。無事に帰ってきてくれた、己の罪の象徴とも言えるべき相手が体温を感じられるほど間近で、温かく自分を許してくれようとしている……。
「こんな近くであなたの顔を見るだなんて、久しぶりというより初めてかしら?」
そうだね……。安心しきったアネスは再び目尻に涙を溜めた。
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