第三章 信じるに値するもの④

 ウォルゴは顔をひきつらせ、

「生身の人間を的にするなって校則はねえ。それはやらなくて当然のことだからだ。お前らそんなこともわからねえのか?」

 ウォルゴの剣呑な目つきにラナイアたちは怯えたのか、メノンにいたっては尻餅をつき手を振って、

「いやいや! 落ち着いてください! ぼくたちの成績がクラススリーでも下の方だったから、アネス様に教えてくれって相談してみたんだ……!」

 ガナスも弁解する。

「基本的なことは熟知してるみたいだったし、だからこそクラスワンにもいたわけだろ? アネス様に相談するのは妥当だと思ったんだ!」

 ウォルゴの後ろから、近づいてきたアネスの声がする。

「僕から話してみたんだ。ラナイアたちとは話はついてる。今の僕にできることって言ったら、鍛えた体をより鍛えるってことしかないし……」

 ウォルゴはアネスの首に後ろから腕を回して締め付ける。

「それで……いつもの償いってやつでお前が的になったと?」

「バカ!」

 ウォルゴやアネスたちにルビーシャが割って入った。この場にいたラナイアたちを大喝したあと、ルビーシャは目に涙を浮かべ、

「本当にバカよ、あんたらみんな……!」

 ウォルゴが自分を指差し、

「え、俺も?」

「アネスもなんでよ……。なんでそんな安請け合いして、自分を傷つけるようなことするの?」

 ルビーシャはウォルゴに首を腕で締め付けられていたアネスに近寄り、アネスの胸元に顔を埋めた。

「こんなバカなこともう止めてよ! いくら償いだからって……バカ!」

 ルビーシャがすすり泣き、アネスとウォルゴ、そしてラナイアたちは、言葉を失った。


 泣きじゃくったルビーシャは、無理をしていたのか、一気に力が抜けていったようで、寮の前の広場につく頃にはアネスの背におぶされていた。

 ウォルゴがアネスに尋ねる。

「鍛えているのはわかるが……。お前、ヘキサ・シンもねえのによくあいつらの術に耐えたな……。それだけ鍛えてるってことか?」

「わからないけど……。身を賭して同級生の力になったから奇跡が起こったのかも……」

 ウォルゴはアネスの話し様に気持ちが高ぶったのか、目を鋭くさせた。じろりとアネスを睨め付け、

「奇跡か……。まあそういうことにしといてやる。大事にならないよう気を付けろよ。自分の身を案じるのもそうだが、ルビーシャや俺だって心底心配してんだ。そこら辺のことも考えろ!」

 ウォルゴは強めにアネスの二の腕を叩いた。

 アネスは苦笑しつつ、ウォルゴに、ごめん、と謝った。

 しかしアネスは胸中で呟いていた。

 ――でも……、僕はこういうことでしかこの学校にいる意味を見出せないんだ……。


 一夜が明け、早朝からいつも通りアネスの罪滅ぼしが始まった。

 清掃はもちろんのこと、配布されるプリントを一通り職員棟から運び、朝の償いを終える。

 やがてあっという間に放課後がやってきた。

 放課後はいつもであればダイガンとのヘキサ・シン解放の特訓だが、ダイガンも現役のヘキサージェンであり、彼の活躍から他国のヘキサート学校に呼ばれ講義をすることもあるため多忙だった。

 それを好機と捉えるかどうか、ダイガンに後ろめたい思いもありつつ、先日、ジスードが言っていた、ブレイガの力が眠っているという土地へ、聞いていた道順を辿り、到着した。

 家屋一軒分というと大雑把だが、エンブールドの一般的な家が建つほどの広さだったので、ジスードが言うような煩わしい感じはしなかった。

 付近の石の下に白い紙切れが挟まっており風で揺れていた。

 それを取り開いてみると、こう記述があった。

〈我が友、アネスよ。ここが昨日言っていたブレイガの力があるという土地だ。三十年以上も前にクルイザ先生が怪しいと思っていた土地だが、掘り返したような跡は見受けられない。ブレイガの力は、目に見えないものではなく、武具と言われている。地中に何らかの武器や防具が眠っているということだろう。あまり無理をせず、ことに当たってほしい。君のヘキサ・シンに光あれ。ジスード〉

 それをたたみ直し懐に入れてから、持ってきたスコップで、土地の端から掘り始めた。

 どのくらいの深さか、どの辺に埋まっているのか、それらを聞こうともしないアネスは、ただ盲従しているだけかもしれない。

 朝から鈍色の空模様だったが、ついに雨が降り始め、雨具も用意していなかったアネスは、野ざらしの一本の木のようだった。

 しかし環境が悪化すればするほど、アネスはやりがいを感じるのだった。

 ――まだ始めたばかりじゃないか。どこかにブレイガの力が眠っているのなら、それを信じてやりきるんだ。それがジスードやクルイザ先生を信じることに繋がるし、ヘキサ・シンの教えに準じるなら、他人の中にあるヘキサ・シンを信じているということにもなる。それなら悪い気はしない。

 雨で髪が濡れ、着ていた制服もびしょ濡れになった。水を吸った衣服の重さも感じつつ、緩い土地だからか、ぬかるんだ地に足が沈み靴の中も泥塗れになる。

 スコップを泥地に差し、抜き取って、水分を含んだ土をそこら辺に捨てる。

 そんな作業を続けていく内に、もし、この土地全てを掘り返したとして、何も出てこなかったらどうしようか、と何回目かの掘り起こしの時に思った。

 ――それならそれで、次の目標を見つければいいんだ。またジスードやクルイザ先生に聞こう!

 アネスは誰が見ていなくてもその作業を続けた。

 友や恩人たちが示してくれた道筋を信じて――。




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