第三章 信じるに値するもの③

 クルイザの話は、ヘキサート学校に通う者にとっては基本的な知識だ。アネスは黙ったままクルイザの話に聞き入る。

「それが〈ブレイガの力〉と呼ばれている。ヘキサ・シンと、オクタージェンの力の源である〈オクタ・ダーク〉……、ブレイガの力はそれらを凌駕すると言われ、エンブールド各地に武具として七つに分散された。それを扱える者を〈アルテワーキ〉と言い、該当者もその力を持っていることを気づかぬまま、アルテワーキは各地に存在していると言われている。まだまだ研究に余念のない事柄だが、君のヘキサ・シンを甦らすには、そのブレイガの力が必要なんじゃないか、とジスードくんから知らされた時、私は思ったんだ。ヘキサ・シンから派生したオクタ・ダーク、それらの根源にブレイガの力があるとなると、答えは自ずと明らかにならないかね、アネスくん?」


 クルイザの私室から出、帰路に着いていたアネスとジスードは、バス内の席に座りつつ話した。

 オンリーアの都心部から離れた学校近くののどかな景色に変わった車窓の向こうには、街灯がちらほらと輝いていた。

「ブレイガの力……か」

 アネスは腕を胸の前で組み悩ましげに言った。

「それがあれば僕のヘキサ・シンも元に戻る……」

 先ほど、その結論をそのまま質問にして、クルイザに問いかけてみたところ、

 ……いわばブレイガの力はこの世を司る大いなる力だ……。ヘキサ・シンよりも上回るからこそ、その力を得れば喪失から復活へといたるのではないか……

 というのが、クルイザの現在の結論だという。アネスは少し明るめの声で、 

「もっと早くクルイザ先生にお会いしておけばよかったな」

 行き着いた答えに、自分が嬉々とした顔色なっていたのはアネスにもわかった。

「君はダイガン先生からも教えてもらっている。君たちの引き起こした事件から一年くらい経つが、別にそれまでが無駄だったというわけではないだろう?」

「まあ、そうだね……。でも……そんな力、本当に学校の敷地内に?」

 クルイザとの話が終わり、そのブレイガの力がどこにあるか、白髪交じりの研究者に聞くと、ジスードの脇に立ちジスードの肩に腕を回した。

 クルイザから促されるようなその所作に、ジスードからはっきりと述べられた言葉は、バスに揺られながら灰色の髪を額の真ん中でわけた同級生の口から再び言い放たれた。

「校内のある敷地が怪しいと、クルイザ先生は在学中から睨んでいたそうだ。もう三十年以上前の話らしいが。やや広めの土地で、当時の先生も掘り起こすのには躊躇したそうだよ」

 アネスは一瞬、思考に及んだ。

 それならば自分が名乗りを上げよう……。

 アネスが言うまでもなく、ジスードは前もってアネスに期待していたようで、

「どうだい? 君がその土地を掘り起こしてみるというのは……。いや、確かに困難で煩わしすぎる話だ。無理にとは言わないが……」

「やるよ……」

 ジスードは目を丸くし、

「本当か?」

「ジスードとクルイザ先生への恩返しだよ。その力を見つけられれば、僕一人の回復ではなく、先生の研究もさらに進むし、それがより多くの人の力になるっていうならね……。ジスードには別の形で恩を返すってことになるけど……」

「大丈夫だ。いやあ、こんなに嬉しいことはないね。君がそれに全力で取り組んでくれるだけで私は十分、今回の謝礼に値すると思っているよ……。私も四士会の仕事がある。全て手伝うのは無理だが、君には深く感謝する……。そして君が無事、ヘキサ・シンを取り戻すことを切に願っている……」

 バスは暗夜を進んでいた。アネスも闇の中を進んでいるようだった。しかし今、その道に光明が差しアネスをさらに前へと歩ませるかのようだった。


 夕食を済ませたルビーシャは、昼間アネスの食事中に何やら話しかけていたラナイアたちとの関わりが気になり、玄関まで歩いていくアネスをこっそり追いかけた。

 ルビーシャに気づく様子もなく、アネスは外へ出た。

 煌々と明かりを照らす月に、夜道に迷うことはなさそうだったが、山道に入っていった先でアネスを見失った。

 女の子が一人山中で迷子になるなど、危険を承知で出てきた以上、自身の過ちを問い質されても何も言えない。それにこのままアネスを放って帰るのも気が引けた。

 ふとどこからか、人の声がする。

 何かが弾けるような音と、楽しげな笑い声……。

 その声に導かれるようにして、ルビーシャが行き着いた先には、ラナイアたち三人が、ヘキサートを使っている姿があった。

 光石灯の入ったランタンを木の枝に数ヶ所ぶら下げ、やや拓けた土地に彼らはいた。

 一人が放った火のヘキサートである〝火球〟が離れた位置にある的に当たり霧散した。

 ルビーシャはその的にぎょっとした。

 アネスだった。

 アネスが、ラナイアたちの的の役目を担っていたのだ。

 人を訓練の的にするなど……。

 ルビーシャの頭にかっと血が上っていった。

 わなわなと体も震え、怒り心頭だった。

「次、私が参ります。痛みを感じましたら遠慮せず仰ってくださいませ、アネス様!」

 そう声を張り上げながら、ラナイアが手を前に出し、青い閃光が瞬いた。

 同時に、ルビーシャの横を何者かが過っていった。

 拳を前に突き出しながらの突進、ウォルゴがよくやる技の一つで、間違いなくそれはウォルゴだった。

 稲妻はウォルゴが遮ったために消え失せたものの、ラナイアたちの特訓を中断させることになり、ラナイアたちは一様に動揺した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る