第30話  死霊の祟り ②

「俺も仕事をしなくちゃなー〜―」


 患者の佐々木さんが地下一階で徘徊していたと言うのに、そのまま放置してきた辻元医師は、佐々木さんの回収を準夜勤務をしていた宮脇看護師に任せて、しばらくの間、レントゲンやCT画像をチェックしていたのだが、

「嘘だろ・・・」

 と、パソコンの画面を見ながら立ち上がると、その場で尻餅をつき、何かから逃げ出すように、

「やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!」

 叫びながら床を這いつくばって後退りをし始めたんだって。


 辻元医師は、なんとか椅子にしがみつきながら立ち上がると、ナースステーション中央に置かれた楕円形のテーブルの上へダイブするように飛び乗り、手足をばたつかせながら、

「助けてーー!助けて助けて助けて助けて!助けてーー〜〜――!」

 と、大声で叫んだものだから、隣の外科病棟の看護師も驚いて脳外科病棟へと走ってきた。


 とにかく辻元先生はテーブルの上で転がりまくり、女性看護師だけでは止めようがない。そのため、当直でICUに居るはずの脳外科の医師が呼ばれる事になったのだ。


 医者が一人駆けつけてきたとて、とても一人では押さえつけられない暴れっぷりのため、後から五人の医師がやってきた。最終的にはストレッチャーの上でぐるぐる巻にされて拘束される事となったのだ。


 その時に露出した、辻元医師の腰に残る、馬の形のような黒々とした痣がみんなの目にもとまったらしい。


「薬でもやってんじゃないのか?」

「精神科の先生に来てもらった方がいいんじゃないの?」


 という医師たちの意見を遠くで聞きながら、7階から逃亡していた佐々木さんが自力で病棟に戻ってきた。

「あっ!そういえば宮脇さん!佐々木さんを探しに行ったままだったわ!」

 と、そこで宮脇咲良のことが思い出される事となったため、


「きっと一階に居るんじゃないかな?ついでに声をかけてくるよ」

 と言って、医師が一人一階に向かって、俺と宮脇を発見したという事になるらしい。


 その後、7階で暴れる医者の取り押さえに成功した医師たちは、地下一階の備蓄倉庫で、同じように錯乱して暴れ回る医者二人を確保する事になるのだが、家から呼び出された精神科医師の診断により、


「錯乱が酷すぎて、うちの病院で診るのは無理でしょう」


 という事になり、三人の医師はストレッチャーにぐるぐる巻きの状態のまま、精神疾患を専門とする病院へと救急車で搬送される事になったのだった。



「安田―〜、お前、昨日の夜勤はめちゃくちゃ大変だったらしいなーー〜」


 うちの病院の看護師は3交代制となっているけれど、放射線科は2交代制となっている。だから、夜勤に入ったら夕方から朝まで一晩、病院で待機をして、緊急の検査の対応をして、朝には夜にあったことを申し送りする事になっているわけだ。


 自殺した新人看護師の呪いとか復讐とか、実は自殺じゃなくて他殺じゃないのかとか、どうやら関わったと思われる三人の医者が精神錯乱の上、精神病院に送られたとか、色々と言いたい事はあるのだが・・


「昨夜は緊急搬送されてきた2名の患者さんのCT検査があり、交通外傷で運ばれてきた3名のレントゲン検査が入りました。結果はデーターで送り済みです」

と、報告する。


「いや、救急車で運ばれてきた人の話はどうでもよくて、逆に救急車で搬送されていった医者3名の話を聞きたいんだけどね?」


 田野倉さんは本当―〜に!ゴシップ好きだからなー〜!


「安田―〜、とりあえず昨日の一連の事を後で報告書にして提出してー〜―」

「わかりましたー〜明日の日勤で提出しますー〜」

と、師長さんに答えながら俺は放射線科を飛び出した。



      ◇◇◇



 脳外科に勤務する私、こと宮脇咲良は危うく二名の医者に備蓄倉庫で襲われそうになったわけですが、その直後に二人の医者は錯乱状態となってしまった為、私が襲われた話はうやむや状態になってしまったわけですよ。


 同じく準夜勤務に入っていた先輩看護師さんは気を遣ってくれたわけなんですけども、ちょうど勤務が終わる夜中の時刻になって、病棟に私服姿の横山理奈が現れた。


「理奈?どうしたの?」

 私の問いかけに、

「遥香に呼ばれたの・・・」

 と、理奈が答えるため、

「冗談でもやめてよーーー〜!」

 と、私は叫び声をあげた。


 重岡先生、田辺先生、辻元先生は同じ大学出身の同期三人組だという事で、非常に仲が良かったらしいです。


 どれくらい仲が良いかというと、綺麗系の看護師さんがいたら、飲みに誘って、お酒に薬を仕込んで、部屋に連れ込んでお楽しみしちゃうくらいの仲良しなんだそうで、

「あいつらはヤバイ」

 というのが周りのお医者さんの一致した意見だったそうなのですが、警察に訴える人もいないし、みんな泣き寝入りしてしまうので、一応お小言は言っておくけど、ほぼほぼ放置状態で今の今まで来てしまったらしい。


 そんな三人が、

「助けてー〜!助けてーー〜!」

「俺が悪かった!」

「許して!許して!許して!許して!」

と泣き叫びながら失禁し、錯乱がおさまらない状況を見て、


「呪いの7階脳外科病棟が関わっているからか?」

「これが新たな呪い?大腸内視鏡検査を越えたな」

「マジかよ、怖えわ!」

 と、言いながらお医者さん達が震え上がったそうです。


 私の夢の話は(三人にレイプされた、首を括られ他殺されたなど)先輩看護師さん方々の口からゴシップとして伝播をし続けて、病院中に知れ渡ってしまっていた為に『錯乱・狂乱の準夜勤務、三人の医師はストレッチャーにぐるぐる巻きにされながら搬送されるの巻』は、瞬く間に病院中に語り継がれる事となったわけです。


「今日はもう、帰りなさい」

 危うく二人の男からレイプされそうになった私は事情を夜勤で入った先輩に説明し、私を迎えに来た理奈に引きずられながら、理奈が住み暮らす病院横にある職員寮へと移動する。


 翌朝には婦長さんから何度も電話が来たけれど、夜勤明けは休みに元々なっていたので、私も理奈も無視を決めこむ事にした。その後、夜勤の申し送りを終えて、私服に着替えてきた鉄串先輩と合流する事に成功。


 これから三人で向かう場所、それは警察です。



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