第29話  死霊の祟り ①

 俺、こと安田大毅が放射線科に勤め出して一年が経とうとしているわけだ。


 結婚が決まった耳鼻科の重岡医師が5月から本院に移動するのは知っていたけれど、整形外科の田辺医師も5月から移動が決定しているんだってさ。

 移動が決まっていたからこそ派手に遊んでいたのか、移動が決まっていたからこそ、たつ鳥後を濁す形でこんな行動に出てしまったのか。


 同期が自殺した事が相当ショックだった様子の宮脇は、連日に渡って意味不明な夢を見るようになり、その夢を見続けるうちに、

「私がなんとかしなくちゃ!」

 と、意味不明なことを言い出した。


 俺としては、問題の医者三人組が宮脇に手を出すってことは廊下で聞き取った会話で知っていたから、宮脇が夜勤の時には自分も夜勤に就くようにシフトを入れてもらったし、宮脇が病棟以外に行く場合は、必ずラインで連絡を送ってもらうようにしていたわけ。


 霊感高めの横山理奈も協力するとは言ってくれたのだが、二人の医者が移動するまでの二週間の間で、宮脇と一緒の夜勤が一つもない。


 そこで俺がフォロー役として動く事になったのだが、

「あら・・遅かったか・・つか、やってる事がエグッ・・・」


 備蓄庫に連れ込まれた俺の後輩は、口の中にタオルを突っ込んでいるし、片乳見えるほど衣服を引っ張り上げられているし。俺は即座に宮脇咲良の上半身を押さえつける重岡医師の顎を蹴り上げた。


 そうしてズボンを引き摺り下ろそうとしていた整形外科の田辺医師の手を踏みつけると、

「ぎゃあああああ!」

 と、魂切るような悲鳴が狭い備品室に木霊したんだ。


 てめえふざけんな、みたいな感じで俺を睨みつけてきた重岡医師が、急に真っ青な顔で自分の喉を撫でまわし始めると、自分の腹から胸にかけて、何か異質なものにでもしがみつかれているのか、

「ぎゃああああ!助けてーー〜!助けて!助けて!助けて!助けて!」

 と、狂ったように叫びながら床に転がり出す。


 すると、整形外科医の田辺医師まで同じように転がりながら暴れ出したため、棚から落ちてきた注射器の箱が散乱するし、ビニール手袋の箱が雪崩のように落下するし。二人の男は逃げるように、部屋の奥へ、奥へと移動するんだけど、床から飛び出て来た無数の女の手が、男たち二人に掴みかかっている姿が目に入る。


 俺のこの眼球には、何十本という女の腕と顔が、二人の医師に絡みつき、引きずるようにして部屋の奥へと運んでいく姿が見えたのだが・・


「無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!」


 叫びながら起き上がる宮脇を抱えながら外に出ると、ドアをバタンと閉めて、外から鍵を締めながら俺は叫んだ。


「俺には無理だ!脳天に鉄串どこじゃねえよ!ICUの医者を呼んでくる!」

 今、この病院で一番医者が集っている場所はICUに違いない。


「一緒に行きます!一緒に行きます!ここで一人で待つなんて無理!無理!無理!」

 恐怖で俺にしがみつきながら、悲鳴まじりの声をあげる宮脇の気持ちもよくわかる。


 女の腕と顔の無限地獄の地下一階で、一人で待ってなんていたくない!!!


「おま・・おまっお前はもう・・病棟に戻れ!詳しい結果は後で報告するから!」

「怖いんで!とりあえずICUまで一緒に行って、その後、病棟に帰ります!」


 ICUは一階にあるから、その後に7階に移動する事は、それほど大変な事ではないだろう。


 逃げるようにエレベーターに飛び乗り、一階で飛び降りると、向こうから走ってきた脳外科の医者が、

「宮脇!こんなところにいたのか!佐々木さんだったら自分で病棟に帰ってきたぞ!」

 と、大声をあげた。


「お前!それよりも病棟が大変な事になってんぞ!」

「はい?」

「辻元先生が暴れて!暴れて!大変な事になってんだよ!これから精神病棟の先生に診てもらうから、お前も手伝いに入れ!」

「ちょっ・・それ本当ですか・・・」

 俺は宮脇の前に飛び出て、目の前の医者に現状を報告した。


「耳鼻の重岡先生と整形の田辺先生が、こいつを地下一階の備蓄倉庫に引っ張り込むのを見たんで止めに入ったんですけど、その二人も、頭がおかしくなったみたいな?無数の幽霊に襲われたみたいな?そんな感じで暴れまくってんですよ!」


 すると、俺の背中側にいた宮脇が顔を出して、


「同期の岡田遥香に薬を盛ってレイプしたのがこの重岡先生、田辺先生、辻本先生の三人の医師だと思うんです!!!遥香は自殺じゃなくて他殺で!!だからつまりは死霊による祟りなんだと思います!!」


 と、言い出したため、先生は自分の両耳を自分で塞いで目を閉じた。

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