第28話 とにかくおかしい ④
私は宮脇咲良、脳外科病棟に勤務している看護師です。
病院で働くようになって一年となりますが、色々なことが簡単に『黙殺』されていく現実を知りました。
私自身、この病院で働くようになって、中学高校の先輩だった、顔だけはやたらと整っている鉄串先輩が理由でいらない嫉妬を買って?病棟の看護師全員に嫌われて、そっぽを向かれる事態に陥っていたみたいなんですけれども、とにかくおかしい事態を目の当たりにしたとしても、誰一人、異論を唱えるなんてしませんとも。
どんなにおかしな環境だったとしても、お給料は貰っているし。患者さんの痰は吸引していかないと痰が詰まって死んじゃうし、点滴を繋がないと、次の点滴が繋げなくて困る事態になっちゃうし。おむつを変えないと漏れちゃうし、漏れちゃったら寝衣もシーツも取り替えなくちゃいけないし。寝たきり状態の患者さんの体の向きも変えていかないと、褥瘡が酷くなって可愛そうなことになっちゃうし。
目まぐるしいほどの仕事量をこなしながら、あっと気がつけば一年が経とうとしていて、私を無視していた人たちも、私という存在を視界に入れるようになってきた。
そうしたら今度は、同期の新人看護師である岡田遥香の自殺が黙殺される事になってしまったわけ。
彼女は自らの命を絶ったというのに、
「岡田さんが亡くなったというのは本当に悲しい出来事ではありますが、噂にあるような、岡田さんが耳鼻科の重岡先生と交際していたという事実はないとお聞きしました」
だってさ。すごいにも程があるよ。
重岡先生は本院に戻れるのも決まっているし、教授の娘さんとの結婚も決まっているんだから、お前らとりあえず黙っておけ!っていう圧を感じたよ。
人一人の命が関わった話なのに、
「新人看護師が夢中になっちゃってかわいそう」
「遊ばれちゃったのね」
「仕方がないことよ」
で、終わるのは腑に落ちない。
「なんで自殺しちゃったのかしら?」
「捨てられて、それだけ悲しかったんでしょう?」
重岡先生は相談に乗っていただけ、なんて言ったところで、みんながみんな、遥香が重岡先生に遊ばれたという事実を理解している。
「山岡婦長さん!私!夜勤の時に、岡田さんから直接、重岡先生と交際してるって話を聞いているんです!」
「あんたは黙っていて頂戴!」
私の言葉を聞いて、婦長さんは私にカルテを投げつけた。これが全てだ。
岡田遥香の死には『重岡章太医師』が関わっている。それは間違いのない事だけど、警察は自殺だろうと言っているのだし、重岡医師が直接彼女を殺したわけではないのだから、とにかく今は黙り込んで、時が経つのを待つ事にしよう。
どうせこんな事はみんなすぐに忘れて、そんな事もあったわねという風に、思い出話になるのだから。
『わすれないで』
『わすれないで』
『わすれないで』
「はっ・・・」
いつの間に居眠りしてしまったんだろう・・・
準夜勤務中だというのに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
脳外科医師の辻元先生が私の肩を叩いて、
「地下一階で佐々木さんを見たんだけど、もしかして病棟から逃げ出してない?」
と、言い出したのだった。
佐々木さんは48歳のおじさんで、交通外傷によるクモ膜下出血で入院、手術後、脳外科病棟へ転棟、今は歩いてトイレにも行けるし、点滴治療もなくなったんだけど、色々とわからなくなっちゃっているので、精神疾患専門の病院へ転院も考え中の患者さんだ。
先生の言う通り、佐々木さんのベッドはもぬけのからの状態のため、これから捜索に行かなければなりません。
「木村さん、佐々木さんがちょっといなくなっちゃったんで探しに行ってきても大丈夫でしょうか?」
「はーい、大丈夫よー」
1時間の休憩をとった先輩看護師の木村さんは、よっこいしょという感じでナースステーションまで戻ってくると、
「今日は落ち着いているから、Aグループの患者さんの見回りもしておくよ〜、佐々木さんを連れ戻したら休憩に入っていいからー〜」
と、気遣うように言ってくれました。
みんな、私が毎晩、恐ろしい夢を見て不眠気味という事は知っているので、優しい言葉をかけてくれます。
「辻元先生、地下1階のどこら辺で佐々木さんを見た感じですかね?」
「CT室の前あたりだったけどなぁ」
「わかりました!ありがとうございますー」
「先生、そこは佐々木さんを病棟まで連れて来るとか、佐々木さんが居た場所まで案内してあげるものなんじゃないですかね?」
「えー〜?でも、僕も仕事をしなくちゃならないからさ〜―」
先輩と辻元先生の話し声を背中で聞きながら、搬送用のエレベーターを使って地下一階まで移動します。
うちの病院はCT室とMRI室、霊安室と理容室は地下一階にあって、手術の前には理容室の店主さんに患者さんを丸剃りにしてもらうようにお願いしています。
「佐々木さーん!何処ですか〜―?佐々木さーーん!」
地下一階は廊下の電気がついている状態なので、暗闇の中で探す事態にはならなかったんですけど、それにしたって見つかりません。
「何処ですかー?佐々木さーーん?もしかして移動しちゃいましたかー〜?」
あっという間の事でした。
備蓄倉庫の扉が開いたかと思うと、口にタオルをあてられながらお腹に腕を回されて、足を抱えるように持ち上げられて、あっと言う間に引きずり込まれてしまいます。
「なっ・・なっ・・な・・なんですか!あなたたち!なんなんですか!」
床に転がされながらも、私を見下ろす二人の男を見上げます。
「へーー、脳外科の霊感少女ってこんな娘だったんだーー〜?」
「ねえねえ、俺たちの後ろに何か霊的なものが見える?長谷川先生には十二人いたんでしょう?」
「古谷先生なんか水死体の幽霊なんでしょ?その話聞いた時の先生の顔見た?まじウケたんだけどー〜―」
口元が切ったスイカみたいに弧を描いて、ニヤニヤしながらスマートフォンを向けてくる男の人達の姿が異様に見えます。
「あのね、今は勤務中なんだけど、今の時間、君は休憩時間だって聞いているから、僕たちに奉仕してもらうために来てもらったわけ」
「君は色々と夢を見てるんでしょ?こんな風景、見たことあるかな?」
この情景は最近では毎日のように見ていました。
ニヤニヤ笑いながら近づいてくる男たち、力が入らなくて、抵抗出来なくて、ゆらゆらゆらゆら揺られていく。
「私!薬物摂取してないです!」
「はあ?なにこの娘?」
「何も飲まされていないし!抵抗できますから!」
「この状況でそんな事言えんの、呑気すぎない?」
「現実わかってないのかな?」
「遥香を殺したのもあなたたちでしょ!」
「何言ってんの?」
「俺たちが殺すわけがないじゃん!」
「知ってるの!足を持ち上げて、体を浮かせたでしょ?首に紐が食い込んで苦しかったんだから!」
「はあ?まじ意味わかんね」
「一人は殺して、他の人は画面上で見てたんでしょ?知ってるの!私は知ってるんだからね!」
「マジ黙らせよう」
「次に会った時には薬漬けの刑だな」
二人の男は私を馬乗りになって押さえつけると、衣服の下に手をツッコミ、引きちぎるようにしてナース服のズボンを引きずり下ろそうとしています。
「んー〜―!んんんー〜―!」
口の中にタオルを突っ込まれて声も出せません!
このまま犯されるの?まだ恋人ができた事もないのに!
「すみませー〜―ん」
ガチャガチャガチャッと扉の鍵が回る音がすると、鉄製の扉が音もなく開いて、スマートフォンのカメラを向けながら入ってきた鉄串先輩が、
「現行犯ですよねー〜―」
と、言い出した。
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