第18話  鉄串先輩 ③

「えーー?それじゃあ本当に中学校の頃からの部活の先輩・後輩なんですか〜?それってなんだか凄いことですよね?中・高一緒で、就職先まで一緒って、もはや運命とか言われても仕方がないんじゃないですか?」

 はあ、運命?意味がわからん。俺、安田大毅は思わず後輩である宮脇の方を振り返る。


「なあ、宮脇、なんでお前、俺にステーキを奢るのに同僚まで連れて来ているんだよ?」


「だってしょうがないじゃないですか?理奈が来たいって言っているし、ステーキの金額も自分が半分は出すって言ってくれたんですから」

「ビールもだぞ?ビールも3杯だからな?」


「わかりましたよー〜、ハッピーアワーで一杯380円で飲めるから、3杯程度余裕で奢りますよー〜―」


 駅前にあるビールジョッキが凍っているのが売りの居酒屋で、五時から七時のハッピーアワー目当てでやってきた俺と宮脇、それから宮脇の同期である横山理奈が、揃ってビールを手に取った。


 宮脇咲良は俺の一つ下の後輩で、俺は4年制の大学を卒業しているので、入職は同年度ということになる。だから、先輩風を吹かせようという気は全くないため、奢ってくれるのなら奢ってもらおう精神でやっている。


「理奈は誤解をしていると思うんだけど、鉄串先輩と私が個人的に食事をするようになったのは、放射線技師の田野倉さんが結婚するっていう噂が流れてきたのがきっかけなんだよ」


 放射線科の先輩技師となる田野倉さんは、病院ライフを堪能するスペシャリストであり、最大で10股までいったと豪語する強者でもある。


「デキ婚で結婚する事が決まったって噂が流れた時に、私と鉄串先輩が高校が一緒で先輩後輩の仲だって知っていた先輩看護師さんが私を呼び出して、鉄串先輩に探りを入れて、本当に田野倉さんが結婚をするのかどうか調べてこいって言われたわけ」


「はあ?なんでそんな事を命令されなくちゃならないわけ?」


 宮脇は憂いを含んだ眼差しでやっすい刺身盛りを見つめた。


「その先輩はね、田野倉さんと交際していたつもりでいたんだって。誕生日には年齢の数を揃えた薔薇の花束を貰ったんだって」


「へええええ」


 病院に就職して分かった事だけど、看護師さんっていうのは仕事がハードだけに病院と自宅の往復ばかりになりやすくって、出会いっていうのが本当に少ない職場だったりするわけだ。中には患者として入院していた人と交際を始めて、その後、結婚しました〜なんて人も居るには居るみたいだが、少数派となるらしい。


「まさか病院内で鉄串先輩に問いただすわけにもいかず、外飲みで田野倉さんがどうなのか訊いたら、全盛期には10股、どの女にも誕生日には年齢分の薔薇の花束を送っていたっていう話を聞いて、その話を先輩に申し送ったら、泣いていたわ」


 宮脇は、顔は綺麗系なのに頭の回路がおかしいから、そのままの内容をぼやかさずに言ったんだろうなあ。申し送りを受けた看護師さんも可哀想に・・


「結局、田野倉さんは小児科の看護師とデキ婚で、先月無事に出産しているからね〜、今は子供にメロメロ状態となりつつも、悪いお遊びは続けているみたいだね」

「クソだよね?本当にクズでクソだよ」


 吐き捨てながら宮脇がビールを飲むと、

「でも、その後も定期的に二人で飲み会してますよね?飲みに誘っても絶対に誘いにはのらない安田さんが、宮脇とだけは飲みに行くってのは病院内では有名な話なんですけど〜」


上目遣いでチラチラ見ながら宮脇の同期の横山理奈が俺に訴えてくるので俺は答えた。


「だって、今、7階の脳外科病棟って一番ホットな場所でしょう?」

 脳外科病棟は今、かなり熱いよな。


「長谷川先生の呪いの大腸内視鏡検査に始まり、床に残る生き霊の足跡、誰もいないところでぐるぐると回るノート」

「いや、ノートはグラングラン揺れていただけで、ぐるぐる回転していたわけじゃないですよ」

「あったね〜そんな事〜」


「田野倉さんの女がホラーネタ好きらしくって、7階ネタ持って来いとか良く言われるんだよね。だから、7階に勤めている宮脇から直接仕入れて、田野倉さんに申し送りしているってわけ」


「その女ってのは奥さんじゃないんですよね?」

「そう」

 目の前の二人の機嫌がズンと悪くなった事に気がついた。


「まあ、そんな訳で、俺と宮脇の飲み会では、俺が仕入れたネタ、宮脇が仕入れたネタをお互い交換するための場所っていう事になっているわけだよ」


「えーー〜!宮脇、安田さんからゴシップ仕入れたりしてたのー〜?一体どんなゴシップだったのよー〜?」

同期の女が宮脇の肩を掴んで乱暴に揺らしている。


「えーっとえーっと、最近では、ICUの古谷先生が働いている看護師十四人に手を出して、派閥が7対7で真っ二つに割れて、完全に職場の雰囲気が悪くなったとか」

「知ってる!」

「派閥の長である二人のベテラン看護師さんは、古谷先生の寵愛を独占しようと躍起になっているから、職場の雰囲気が更に悪くなったとか」

「それも知ってる!」


 同期の女は俺の方を見ると、

「全部有名な話じゃないですか!ずるいですよーーー〜!」

と、怒り出す。


「なんでずるいのかよく分かんないけど、宮脇は知らないんだからそれでいいと思う」


「そもそも宮脇が職場の先輩に虐められてるのって安田さんが原因なんですよ!安田さんが素っ気ないし、誘いにも全然乗らないから!安田さんに相手にされている宮脇がターゲットにされているんです!そんな状態なのに!みんなが知り尽くしたゴシップで懐柔していただなんて!」


「ええええーーー!私が虐められていたのって鉄串先輩のせいだったのーーー!」

 同期の女、余計な事を言うなあ。


「何で新人の中で私のヘイト値ばかり爆あがりするのか謎だったんですよ!なんでそこで鉄串先輩が出てくるかなーー〜」


「あんたが、安田さんと同時期に同じ場所に旅行に行って、同じお土産を職場に持ってくるからでしょう!」


「ええーー〜!卓球同好会の集まりで行った旅行だよー〜ー!」

「いや、みんなそれ知らんし!二人旅行だと思っているし!」

「彼氏いないって宣言しているのに?」

「イケメンはべらしている癖に、恋人いない宣言しているのかって思われているの!」


「嘘でしょーーーーっ」

 嘘ではない、本当の話だ。


 俺が宮脇と交際しているのではないかと勘繰る女は確かにいるが、完全なる否定はしていない。だって、恋人が居るかもしれないと思うだけで、好意を向けるのをやめる女も一定数いるからな。


「あっ!確信犯だ!絶対に確信犯だ!病院で無駄に口説かれるのが嫌だから!この人!宮脇を利用しているんだ!」

「ぜーんぜー〜ん、そんな事あるわけないよ〜――」

「ああーー!なんか腹たってきたー〜!」

とりあえず同期女から向けられる、甘ったるい視線は無くなったようだった。




    *************************



 私が働いていた時なんでうん十年前にはなるんですけれど、放射線の技師さんが看護師に手を出しまくって8股・・いや10股だったか・・いや、やっぱり8股・・していたんですね。それで、各女の誕生日には年の数だけの薔薇の花束を送っておりまして、同じ職場の方がですね「薔薇の花束を貰ったの〜」と惚気いたんです。その方、8股、10股の一員になっているのは知らなかったんですよね。

「決して本人には言うな!」と言われていたので、そりゃ言わなかったんですけども、本当に病院の中の世界は狭いから・・なお話でした。

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