第17話  鉄串先輩 ②

 俺、安田大毅が大学進学を決める時に、さあて、どこの学部にしようかなと悩み出した頃、

「絶対に資格が取れる大学がいいわよ!」

 と、母親が言い出した。

「絶対に資格!辞めてもすぐ就職することが出来る!潰しがきく資格が取れる所にしなさい!」

「ええーー〜?資格―――?」


 一流と言われる大学を卒業して、一流と言われる会社に就職した兄が放置主義の上司の後任にパワハラ上司が移動してきて、結果、メンタルをやられて鬱となり、会社も辞めて次の就職先が決まらない。


 そんな長男にヤキモキした母が言い出したのが『資格』しかも『絶対に潰しが効く資格』だそうで、

「潰しが効く資格って一体なんなんだよー〜?」

 と、愚痴を吐き出していたところ、

「鉄串先輩、私は潰しが効くと思うんで看護師になるつもりですよー」

 と、中学、高校ともに部活の後輩である、宮脇咲良が言い出した。


「担任の先生は何故かやめた方がいいとか言うんですけど、例え将来、離婚したとしても就職先に困らないし!潰しが効くとは思うので!!絶対に看護学校に行くって三者面談でも言いました」

「お前それ、うちの高校の隣が看護学校だから言ってるんだろ?」

「いや、まあ、そうかもですけど・・・」


 うちの高校のすぐ隣が看護学校で、ナースの卵が窓越しに見えるのをデレデレしながら見ている男子生徒が多いのもまた事実。


「へー、お前は高2になったばかりなのに、もう進路が決定してんのかぁーー」

 高3なのに『理数系かな?』程度で、全くどこの大学に行くのかも決まってもいない俺とは違うなあと、その時は思ったものだった。

「それにしても医療系かあ・・・」

 誰かのちょっとした発言で自分の進路が決まるってこと、結構あることだと俺は思う。


 医療系の大学に行くとして、何になってやろうかと悩んでいたのだが、

「安田さ〜ん、このままの姿勢で音声案内の通りにしてくださいね〜、ではレントゲンを撮りまーす」

 健康診断で胸のレントゲンを撮った時に『息を吸って止めてください』の音声案内を聞いた俺は、放射線技師になろうと決めた。


 だって『息を吸って止めてください』まで音声案内なんだし、確実に楽そうでしょ。年収もネットで調べたら500万前後いくっていうし、潰しもききそうだし、この資格を取って近くの総合病院にでも就職しよう。


 ちなみにうちは、兄弟揃って母親似という事もあって、結構女にモテてはいたと思う。


 ただし、俺の顔は幼い時は女の子みたいな顔だったこともあって、幼稚園に通っている間は誘拐されかかった事が何度もあるし、小学校に上がってからは、よくわからんおばさんにトイレに引っ張り込まれそうになった事もある。


 女だけでなく、男の痴漢にも遭遇したことがある。

 痴漢被害にあった女性が当時の事を思い出すと、

「手足が震えて冷や汗が止まらなくなるんです。ドクドク心臓破れそうなほど脈打って、目の前が真っ暗になるんです」

 とインタビューで答えていたのをテレビで見たことがあるけど、その気持ち、本当に良くわかる。


 男も女も関係なく、物凄い人間不信となっていた俺に、よくわからん女たちが群がるように集まって来たけれど、俺は子供タレントでもなければ、キッズモデルでもなんでもない。普通の一般市民だというのに、

「すみません!サインしてくれませんか!」

 と、なぜ、色紙とペンを差し出してくるのか?


「マジ意味不明、脳天に鉄串―〜―!」

 当時、読んでいた推理小説には何度も何度も出てくるこのフレーズ『脳天に鉄串』を常に活用したら、

「安田くん・・なんか思っていたのと違う・・・」

 と、勝手にショックを受けて、蜘蛛の子を散らすようにして離れていった。


「脳天に鉄串―〜―」

 は、意外にも使える!本当に使えるぞ!!

 女の子にモテたい気持ちなど微塵もないし、出来るなら、隠キャとして教室の隅に座ってミジンコみたいに生きていたい。


「お前!まじそれ衝撃!脳天に鉄串をぶちこんだくらいの驚きだわ〜!」


 中学校の部活で高校の部活でも、俺はサッカー部でも野球部でもバスケ部でもなく、卓球部を選んだ。隠キャが選ぶならやはり卓球、いくら顔が好みといえども、卓球をやっている奴に群がることもないだろう。


 というこっちの思惑に反する形で、後輩女子たちが過去最高の人数で卓球部に入部してくる事になったらしい。


 鬱陶しい、構われたくない、危ない言動を発動して、浮かれた女子どもを即座に排除したい俺は、先ほどのセリフを抑揚つけて言ったのだが、


「先輩、脳天から鉄串って、あのバーベキューで使う銀色で長い、肉とかピーマンとか玉ねぎとか串刺しにしてバーベキューにする、あの串ですよね?それを脳天から突き刺すわけですか?それはすごいバーベキューになるんじゃないですか?頭をこう、どんどん刺してバーベキューってそれもう、食人種がやる宴みたいなもんですよね?何かの漫画なんですか?全然知らないんですけど、面白そうだから読んでみたいです」

 と、酷く冷静な調子で言い出した奴が宮脇咲良だった。


「そもそも鉄串ってなんですか?火鉢とかそういうのに突っ込んである鉄串の事?それって『火箸』って呼ぶんじゃないんですか?鉄串じゃないですよね?」


 こいつ、すげーどうでも良い事に引っかかるなーー〜と思ったし、

「よろしくお願いします!鉄串先輩!」

 と呼ばれた時には、こいつ、一体何なのー〜?と思ったけれど『鉄串先輩』などという異名を持つ野郎とは、どれほど顔面偏差値高かったとしても付き合いたくない!という女子が過半数でた為に、結果オーライとする事にしたのだった。


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