第16話  鉄串先輩 ①

 私は、地元の中学校から地元の高校、地元の看護専門学校に通った後は、家からもほどほどに近い総合病院に就職しました。地元愛が強すぎるっていう事ではなく、最初から一人暮らしをする気もないし、通勤時間が長いと面倒臭いから、就職先は近くにしよう。そんな風に考えただけの事です。


 私には中学校の時から同じ部活に勤しむ先輩が存在します。

 同じ中学校、同じ高校に通い、先輩は大学に進学しましたが、就職先は私と同じ病院です。

「鉄串先輩、なんで先輩はうちの病院を選んだんですか?」

と、尋ねたところ、

「家から近いから」

と、答えました。


「あのさ、宮脇に昔から尋ねたかったんだけど、放射線科の安田さんの事をなんで鉄串先輩って呼ぶわけ?」


 もうすぐ四月、新人看護師さんたち、つまりは私たちの後輩が病棟にやってくる事になるため、新人同士の夜勤勤務も勤務表に加わる事となりました。


 今日は同期の横山理奈と準夜勤務が一緒で、理奈は現在、放射線科に勤める鉄串先輩(本名・安田大毅)が気になるようです。


「鉄串先輩は中学校から部活が一緒で」

「バレーボール部?それとも野球部?サッカー部?」


 鉄串先輩は顔だけは物凄く整っている上に、背も高いので、大概イケてる部活に入っていたんじゃないか〜とか言われるんですけど、私が入っていた部活ですよ〜?


「私が卓球部に入ってたことはだいぶ前に言ったと思うんだけどなあ」

「宮脇は卓球部がしっくりくるけど、安田さんに卓球部は似合わないじゃない!」

 知らんがな。


「それで、先輩は顔だけは良いから昔っから偉いモテてたんだけど、言動が変すぎて、女子が近づかなくなるっていう現象が必ず起きる人で」

「病院で働いているのを見ている限りでは、全然そんな事はないみたいだけど?」

「検査の説明しかしないからだと思う」

「それで?それで?」

「それで、先輩、昔からとある小説が大好きみたいで」

「どんな小説なんだろう?」

「その小説では、何かショッキングな事が起こると『脳天に鉄串を刺したような衝撃が〜』とか言うらしいのよね」

「はあ」


「それで、昔っから何かっていうと『脳天に鉄串がー〜!』とか言うから、私たちは先輩の事を『鉄串先輩』と呼ぶようになったわけ」

「はあ」


「それで、脳天から鉄串って、あのバーベキューで使う銀色で長い、あるでしょ?肉とかピーマンとか玉ねぎとか串刺しにしてバーベキューにする、あの串なのかと思って、すごいバーベキューですねって言ったらそうじゃないとか言い出して、火鉢とかそういうのに突っ込んである鉄串の事なんだって言うから、それって火箸じゃないんですかって言ったら、そうだよなぁみたいな話になって」


「待て待て待て待て待て」

「え?なに?」


「鉄串の話はどうでもいいの。わかった、幼い時の恥ずかしい発言であだ名がついたっていう所までは分かったんだけど、安田さんって宮脇と仲が良いでしょ?」

「卓球部の先輩と後輩だからねえ」

「彼女とかいるの?」

 あ、そういう事をききたかったわけか。


 先輩はモデルやらタレント事務所やらにスカウトされていたとか言われているけれど、ファンクラブが出来ても即解散するような、中身が残念男なんだよな〜。


「彼女はね、今はいないと思うな〜。出来ても中身が残念すぎて、思っていたのと違うとか、想像と違ったとか、なんとかかんとか言われて、すぐに居なくなっちゃうんだよ」


「じゃあ、チャンスはあるって事?」

「鉄串先輩を狙うなら、横回転サーブは打ち返せるようになった方がいいかもね」

「横回転サーブ?」

「ピン球を回転させながら常時打ってくるのね?ラリーすら続かないとめちゃくちゃ不機嫌になるから、すごい面倒臭い人なんだよー〜」

「え?卓球の話?」

「そう、卓球」


 理奈はまじまじと私の顔を見つめると、

「恋人に卓球の技術は求めないでしょー〜―」

と、言い出した。


「とにかくまずは面着で話をしないと分からないわよ!飲み会のセッティング!飲み会のセッティングしてくれるよね?」

「えーーー?後で、中身が思てたんと違うとか言い出しても知らないよーー?」

「いいから!中身とか関係ないから!イケメンと飲みたいの!」


「はーー、鉄串先輩はとりあえず顔だけ男だからなー」

「誰が顔だけ男だって?」

「はあ?」

「夜の8時過ぎているに、どうしても胸のレントゲンだけは撮って欲しいって言うから、わざわざやって来たっていうのに?顔だけ?俺は顔だけだって?」

「安田さん!」

「担当医の無茶苦茶な要求に応じて、病室でも撮れるポータルブルレントゲンを7階病棟まで運んできた鉄串先輩!マジ神すわ!」


 時間外だというのにやって来てくれた放射線技師、鉄串こと、安田大毅先輩は大きなため息を吐き出すと、

「生中3つ、和牛ステーキセット、これを約束しなけりゃもう動きたくない!」

と、無茶苦茶な事を言い出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る