第12話  重い愛  ④ 

 一通りの日勤業務を早めに終わらせた私は、カーテンを締め切った状態で本を読んでいた鶴野さんのところへと行くと、ベッド脇に置かれた椅子を引き寄せて座りました。


「鶴野さん、少しだけお話し出来ませんでしょうか?」

「まあ!宮脇さん、お時間大丈夫なのぉ?」

 鶴野さんは花開く様に笑うと、床頭台の上に本を置いて、私の方へと体の向きを変えました。


「看護師さんって本当に、止まる暇なく働いているから本当に大変よね?疲れてない?お菓子食べる?」

「お菓子は大丈夫です!それよりも私、鶴野さんにおききしたい事があって」

「何がききたいの?」


「あのですね、鶴野さん、このまま順調に行けば二週間ほどで退院となるのですが、このまま退院しちゃっても大丈夫ですか?」

「うん?どういうこと?」

「あのですね、私には霊感がもの凄い強い友人がいるので話を聞いてみたんですけれども」


 緊張のあまり、私は唾を飲み込んでから、鶴野さんのふくよかな顔を見つめました。


「最近、ずっと、足跡みたいなものが現れるじゃないですか?あれってどうやら、旦那様の生き霊が作り出しているものだという事でして」

 鶴野さんの朗らかな笑みがさっと消えて、顔色もさっと青くなったことに気がついた。


 生き霊とか言い出して、本当の本当に、正気の沙汰じゃないよな〜。

 だけど、本当にペタペタ水の足跡が現れるんだもの、きちんと説明しなくては。


「強い感情とか念のようなものが現れているっていうんですね?それで、多分、ちょっと眠っちゃった時とかに、こちらに現れてしまうって事みたいなんです」


 何言ってるのかな〜、頭大丈夫かな〜みたいな内容をペラペラ喋る私の事を、決してバカにする事なく、黙って鶴野さんは話を聞いている。


「問題なのは、意識的にしろ、無意識的にしろ、自然にこんな現象を起こってしまっているがために、体への負担が大きいみたいなんですね?最近の旦那様をみていて思うんですけど、酷く痩せているし、顔色は悪いし、目の下の隈も相当ひどいじゃないですか」


「そうなの・・そうなのよ・・やっぱり、変だと思ったの・・変だと思っていたのよ・・・」


 自分の周りに現れる足跡のように見えるもの。

 誰も居ないのにすぐ近くに感じる気配。

 鼻につく香りは、いつも身近で嗅いでいた柑橘系のシャンプーの匂いだという事にも気が付いていた。


「それでですね、このままだと旦那様も体を壊したりなんて事もあると思うんです。ですから、お二人で今後について、退院後についてでもいいですし、将来的な事でもいいですし、とにかく、話し合ったらどうかなと思うんです」


 私が膝の上で手を握り締めながら、

「旦那様が怖いとか、そういう事でしたら私も同席しますので、今日、旦那さんがお見舞いに来たときに、ちょっと話し合いをするのはどうでしょうか?」

 と言うと、

「します!話し合いをします!」

 と、鶴野さんは目に涙を浮かべながら言い出した。

「宮脇さんが一緒なら、私、夫と話し合いをします」


「えーっと、私抜きで二人でー〜って感じでも大丈夫ですよ?」

「宮脇さんが一緒なら夫に向き合えるわ!」

 鶴野さんは私の手を両手で包み込むと、

「宮脇さん、よろしくお願いします」

 と言って、ペコリと頭を下げたのだった。


 私(新人看護師風情)が一緒で、果たして向き合う事が出来るのだろうか?

 一抹の不安を抱えながら、旦那さんがお見舞いに現れるのを待っていると、その日は意外と早い時間に旦那さんは病棟へやってきたのだった。


 なにせ、旦那さんが務める会社の社長と不倫していて、そのホテルからの帰りに足を滑らして階段から落ちて頭を打って手術で入院。不倫相手の社長については、絶対にシークレットと申し送りを受けている訳で、そんな訳ありご夫婦の話し合いに、新人看護師の私の仲介で大丈夫なんでしょうか?


 自信ないなー〜。

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