第11話 重い愛 ③
浮気、許せん、絶対、と言っていた(と思われる)個室の患者さんの奥さんが、遂にお見舞いにやってきました。今までは息子さんしか来ていなかったというのに、遂に奥さんがやってきました。
誰だか良くわからん女性とホテルに行って、頭の血管切れて放置され、出血した場所も悪いし範囲も広いので、きっともう、意識を取り戻して直接お互いに何かを話すなんて事はないでしょう。
「せめて救急車を呼んでから逃げてくれれば良かったのに・・・」
なんて言っても後の祭りなのは間違い無いんですよね。
高齢者の方々には、是非とも寒くなり始めでの浮気、ラブホテルの利用、などには気をつけて取り組んでもらいたいものです。
さて、もう一人の不倫によって怪我をした(と言って良いのかわからんけど)私の担当患者さんである鶴野さんは観察室から一般病室四人部屋へと移動が許可される事となりました。
まだ、足元がおぼつかないので、移動の際には車椅子での介助が必要となりますが、
「宮脇、はいこれ」
と言って同期の横山理奈がモップを私の方へと差し出してきました。
「え?また?」
「そう、また」
夜になると、ぺたぺたと足跡が鶴野さんの周りに足跡が現れるのです。大きさ的に大人の足、水で濡らした感じで現れて、雫となってそのまま残るので、誰かが滑って転ぶと危ない事態となっています。
『なんなの、そのホラー現象・・・・』
という目で見られるんですけど、どうしようもないですよね?確かに私は鶴野さんの担当看護師ですけども!私はお祓い師とかじゃないんで何も出来ないですからね!
「あのさ、今日の夜にさ、飲みに行かない?」
モップで床を拭きながら私が同期の理奈に声をかけると、
「いいよー」
夜勤明けの理奈が、満面の笑顔で答えたのだった。
私の担当患者さんとなる鶴野靖子さん(58歳)は、おっとりとした性格の、色白でふくふくしたご婦人で、
「いつもありがとう」
朗らかな笑顔で、いつもお礼を口にする、ちょっとお上品な奥様って感じの人でした。
尿プールパシャパシャの夜から三日後には一般病室へと移動したのですが、夜になると水に濡れた足跡が現れるようになったわけです。まるで奥様の面会にでも来た様な感じで、ベッドの周りにぺたぺたと足跡が付いていくんですよね。
水の足跡がつき始めて今日で5日目、鶴野さんはあと二週間は入院予定となっているので、足跡があらわれた後の水滴の処置をし続ける夜勤明けの先輩看護師さんたちの目が厳しいです。
「それでさ、霊感が強いと自称する横山理奈にお尋ねしたいんだけど、あの足跡はやっぱり、生き霊の残したもの的なアレなわけ?」
今日も今日とて、駅前にあるお馴染みの居酒屋へとやってきた私たちは、半熟卵が乗っかったポテトサラダとほぼほぼ凍っているビアジョッキが売りの生ビールを注文した訳なんですけれども、ビールを一気に飲み干した理奈はこちらの方を見て、
「旦那さんの生き霊以外ある?」
と、言いました。
私と同期の理奈は、霊感強め女子なので、旦那さんの生き霊だと言えば、そういうことになるのでしょう。そうですよね、旦那さんの生き霊以外ないですよね。
「時系列で申し送りしてみ?」
焼き鳥で指さされながら問われたので、必死に頭を回転させましたとも。
「えーっと、鶴野さんは旦那さんが務める会社の社長とホテルに行ったんだけど、その帰りに、階段から転んで落ちて頭を打って、緊急手術。その後、ICUに入院。それから容態が安定しているのでうちに移動して、そこでの申し送りでは、とにかく旦那さんには社長と奥さんの不倫についてはシークレットにしろと言われたわけ」
後から冷静に考えてみても、なんだそれっていう申し送りだよなぁ、なんなんそれって感じだよ。
「それで、旦那さんが色々と質問してきても知らぬ存ぜぬを貫くようにって言われていたんだけど、旦那さんはどうやって運ばれてきたんだとか全然質問とかしてこなくって、よろしくお願いしますって頭を下げてきたわけ。んで、その問題の社長と旦那さんが一緒になってお見舞いに来た日があるんだけど、その日から、色々と変な事が起こるようになってきたの」
鶴野さんのベッド下から落としたはずの体温計が勝手にコロコロとこっちの方へ転がってくるわ、準夜勤務についた先輩は、真っ黒な手に掴まれるわ、ベッド下にいた黒々とした目玉ぎょろぎょろのよく分からない物を見て尿バケツひっくり返すわ、その尿の泉から出てきた足跡が廊下の方までぺたぺたと続いて行って先輩たちを驚愕させたとか。
それ以降も、夜になると、ぺたぺたと足跡が残る様になって、調子に乗った担当医がその様子をスマートフォンで撮影しようとしたんだけど、撮影した画像が砂嵐状態となっていた為、周囲を恐怖のどん底に落とし込んだとか。
「ペタペタの足が録画可能だったら、テレビクルーを呼んだり、ユーチューブにアップして資金稼ぎ出来たと思うのに・・」
理奈の言う通りの事をやったら、プライバシーの問題にまず引っかかるし、大問題になること間違いなしでしょう。
「それで、最近の旦那さんの様子はどうなの?」
実は、脳血管疾患で奥さんが入院した場合、むちゃくちゃ献身的に尽くす旦那様が多いと思うんですが、鶴野さんの旦那さんも同じく、献身的に尽くす旦那さんのように見えますよ。
「毎日、毎日、会社帰りにお見舞いに来てくれているんだけど、最近はとにかく顔色が悪いし、目の下真っ黒だし、家に帰ってもすぐ寝ちゃうんです〜とか言っていたんだけど、とにかくお疲れみたいでね?」
「そりゃ毎日、お見舞いに来ているのにも関わらずに別時間にも魂で病院に来ているんだから、お疲れになるのは当たり前だわ」
あーーー・・やっぱり生き霊になって足跡ペタペタするのって、結構なカロリー消費になるのねーーー。
「それじゃあさ、どうしたら良いと思う?私はもういい加減、足跡ペタペタをなんとかしないとって考えているんだけど」
私が足跡ペタペタを毎回拭いていけるのなら問題ないんだけど、準夜勤務、深夜勤務についた先輩たちも、転倒防止の為にも足跡ペタペタは拭いて回らなくちゃならないわけで。
「最初は『うそっ!信じられなーー〜い!』ってはしゃいでいた先輩たちも、そろそろ何とかしろっていう圧に変わってきていて、ただでさえ私に対するヘイト値が高いっていうのに、最近では天井知らずになってきているんだよ」
足跡ペタペタ、鶴野さんにとっても、旦那さんにとっても、このままの状態で良いとは到底思えない。
だがしかし、私は一年目の新人看護師で、患者さんのプライバシーに深く関わるべきではないって事も理解してはいます。足跡ペタペタを解消するためには一体どうすれば良いのだろうか・・
「やるべき事はただ一つ」
理奈は私がやるべき事を教えてくれたんだけど、聞いているうちにどんどんと頭が痛くなってきた。
「どうする?婦長さんに相談する?」
「いやいやいやいや、絶対に無理でしょう〜」
「それじゃあどうするの?」
「うーーん、明日も日勤だし、旦那さんもお見舞いにくると思うし」
思い立ったが吉日、とりあえず即行動して見るのもアリかもしれない。
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あくまで個人的な感想なのですが、脳疾患を患う奥様をケアする旦那様は、その多くがとても献身的に(えー!そこまでー!)と思うほど面倒を看る方が多いんですけども、意外に奥様の場合、あっさり離婚とか、離婚しちゃいましたとか、あるあるだな〜と。
長年連れ添ってきたご夫婦は別ですよ?奥様がそりゃあ献身的に面倒をみるパターンもとっても多いんですけども、まだ若いとか、子供が小さいとかだと、その先に未来があるからこその決断ってやつですかね。
年若いお父さんたち!!交通事故には気をつけて!!
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