第8話  死神と呼ばれる医者 ⑤

 そんなこんなで、文句を言いながらも四苦八苦しながら腸管洗浄液2Lを内服した先生は、検査室へと向かいました。そうして、検査室では左側を下にして横になり、体をくの字にしながら自らの肛門を曝け出しました。


 局所麻酔用のゼリーや潤滑用のゼリーを塗布し、いざ、大腸の一番奥である盲腸を目指してファイバースコープを進めていきます。


 ちなみに、気管支鏡検査は気管にご飯粒は入った時の苦しさを想像してもらえれば、その検査の苦しさが十分に想像できると思うのですが、この大腸内視鏡検査も、うんざりするほど辛いです。


 肛門から侵入したファイバースコープは直腸を真っ直ぐに進んでいったわけですが、そこでありえないことが起きたそうです。


『バチーン』


 まるでブレーカーが落ちた時のような音がしたかと思うと、瞬時に検査室は闇の中へと沈み込みました。ありえない事に、停電で電気が落ちたのです。


「嘘だろ?」

「マジか?」

「予備電源はどうなっているんだ?」


 病院には必ず予備電源というものが用意されていて、例え停電となったとしても切り替えられる事によって、しばらくの間は通常通りに電気を使うことが可能となっています。


「停電・・・嘘だろ・・・」

 検査中に、病院では一番ありえない事が起きたのです。


 しばらく待ってもパチパチと電気が瞬いてつく事もなく、いつまでたっても真っ暗で、

「うわっ!廊下の電気も消えていますよー!」

 検査室の扉を開けた技師が驚きの声を上げたといいます。


 内視鏡の検査室は一階にあるので、扉を開ければ窓から差し込む光が廊下側から入ってくるので、真っ暗状態は解消される事となりましたが、患者である長谷川先生はケツ丸出し、ファイバースコープを突っ込んだままの状態、これが生き地獄ってやつだと思います。


「一階の一部が停電になっちゃって、とりあえず長谷川先生の検査は中止になったんだけどね?」


 先輩は怖いような顔で私を見つめながら、

「後日、行われた大腸内視鏡検査でも、停電になったんですって」

と、言いました。


「一回目が停電で中止になったから、その二日後に検査日を改めて設定して、前日には下剤を飲んで、当日には2Lの腸管洗浄液を飲んで、ふらふらになりながら検査室に行ったんだけど、今度は横行結腸まで進んだところで真っ暗になったらしくって」


「マジですか」


 死霊とか、黒い人の影とか、無数の指先とか、草原のように揺れる手とか、そんなものよりもこえーーーよっ!


「1回目は直腸で、2回目は横行結腸まで行ったのに中止だなんて!」

 2回もケツ丸出しにして、肛門からファイバースコープ突っ込んでの中止!


「恐怖しか湧いてこないですよ!」


「でしょ!それで本当に怖いのは、いくら調べてみても、電線がショートした形跡もなければ、何の不具合も発見することが出来なくって、どうして一階のあの区画が停電になったのか分からないっていうの」


 マジすかそれ!


「あのね、宮脇さんにも注意しておくけど」

 先輩は真面目な顔をして私の方を見つめました。


「もしも自分がこの病院で大腸内視鏡検査をしなくちゃならない事態となったら、絶対に他の病院で検査を実施してもらった方がいいわ」


 ですよねーー〜!

 検査の、事もあろうに、大腸内視鏡検査の途中で!停電とか!絶対に無理!


「停電の原因は分かっていないんですよね?」

「分かっていないのよ」

「それで?最近は検査自体が取りやめになったとか?」

「いや、外来の予約が入っているから、大腸内視鏡検査は行われているらしいんだけど、長谷川先生の時みたいな停電とかは起こっていないんですって」

「ええー〜、でも、やだーー〜」


 絶対に大腸内視鏡検査やりたくないーー~――!


「でもね、さっき宮脇さんが言うように、もしも長谷川先生が死霊に取り憑かれて呪われていたのだとしたら、まあ、そういう事なのかなぁとも思うわけよ」


「なんか、思っていた呪いと違うって感じなんですけど」

「でも、停電よ?病院で停電なんてありえないじゃない!」


「そうなんですよね〜、しかも、大腸内視鏡検査の途中でですもんね〜〜、しかも2回も、絶対にこんな呪いは嫌ですよ〜」


「まあ、そんなわけで、長谷川先生は転院するみたい」

「他の病院で検査すると?」


「そう、今度の病院では停電しないといいんだけどねーー〜」

 そこは死霊さん次第って事なんですかね。


「まあ、そんなわけで、あと数日我慢すればいいって事で、呼吸器内科は一致団結しているみたいよ?」

「セクハラ大魔王ですものね」


「まあ、これがいわゆる『人を呪わば穴二つ』っていう奴になるのかしら」


「えええ?それ違くないですか?」


 一晩に噂は千里を駆けるとかなんとか言いますけど、病院というのは女の園みたいなところでもあるので、私が先輩に言った『長谷川先生には十二人の霊が取り憑いている(恨みつらみも入れればもっと沢山いる)』という話は、あっという間に広まってしまいました。


「なあ、長谷川先生の噂、あれ聞いたか?」

「ああ、死霊十二人って奴だろ?」


「マジで胡散くせえと思っていたんだけどさ、あの話を聞いたら、マジで有り得るかもとか思ってて」

「ああ、大腸内視鏡検査の話だろ?停電なんてありえないって」


「そのありえないのが二度も起きたんだからさあ、しかも原因が不明のまんまだろ?」


「呪い、マジで怖えーー〜」

「お前も気をつけろよーー〜」


 看護師だけでなく医者の間にも流布されたので、何処かで耳にされたんでしょうね。最近ではセクハラ行為も成りを潜めて、

「病院を移る時には一旦、神社にでも寄って、お祓いでもしてくるよ」

ぐったりしながら、長谷川先生はそんなことを言っているそうです。



     *************************



 ブラジルはやたらと停電が多いんですけども、友人がブラジルの病院で直腸検査を受けることになったわけですよ。2Lの薬を飲んで、さあ検査を始めましょうかといったときにバチーンと電気が切れて、検査が中断。ファイバースコープは突っ込む前だったとはいえ、

「時間が経っちゃったので、もう一回2L飲んで」と、電気が復旧後に言われることになり、なんとか2L飲んで、検査台に乗ったところでバチーンと停電。


「セニョーラ、今日はもう検査は無理だね」


 と言われて家に帰ったら、エレベーターが停電で動かず、14階(だったかな)にある家まで階段で登ったというエピソードがあります。


 友人は2回ともファイバー入れる前だったから(4L飲むのも地獄とは思うけども)まだ良いですけど、ファイバー入れた上で2回も停電という呪いがあったら、身の毛もよだつ話になるな〜と、思います。


 ここまで読んでいただき有り難うございます。ここで死神エピソードは終了、次に続きます!最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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