第7話 死神と呼ばれる医者 ④
老婆が『ギャーーッ』と叫び、長谷川先生がバターンと倒れたのですが、その倒れた長谷川先生の詰まった気管から取り除かれたのは、それはそれは、真っ黒な塊。
ぬらぬらっとして、てらてらっとして、それで真っ黒なのですから、一体あれはなんだったの?怖い!長谷川先生、死神って呼ばれているし、セクハラ行為も限度を超えているし、恨み辛みは山ほど持ってそうーー〜!もしかして、呪いの異物か何かが喉に詰まってしまってー〜!!!
「いや、あれ、結局、血液と痰の塊だったって」
ですよねーー・・呪いの異物・・とかじゃないですよね〜。
準夜勤務についていた私は、ナースステーションで患者さんの記録をしていたのですが、目の前の席に座った先輩看護師さんが、その後の長谷川先生がどうなったのかを教えてくれました。
「結局、もう一度、気管支鏡検査をしなおしてもらったんだけど、左肺上葉部に癌が発見されたみたいでね、今、生検に出しているみたい」
「じゃあ、呼吸器内科に入院したっていうのは本当の話だったんですか」
「そうね。あの先生、自分の病棟に入院したわけだけど、ありえないセクハラ具合だから、看護師の誰もが受け持ちしたがらないみたい」
「ああ〜、血圧を測る時とかにわざと肘で胸を触ってきそうですもんね〜」
技師さんの胸もその方式で触っていたもんなぁ!絶対病棟でもやってそう!
「夜勤の巡回の時には、必ず二人一組で見回りに行くようにって言われているみたい」
「布団の中に引っ張り込まれそうですもんねぇ」
怖いのは、死神が布団の中に引っ張り込んだというのに、看護師が自分を誘惑するためにわざわざ布団の中に入ってきたって言いそうだし、それを聞いたまわりの医者は、
「ああ、まあ、とにかく穏便にー〜・・」
とか言って、長谷川先生を罰することなく、被害を受けた看護師だけ泣きを見ることになりそうだっていうところ。
「本当に・・呪われてしまえばいいのに・・・」
十二人の死霊たちよ、今こそ頑張る時です!看護師が誰一人として泣きをみず、死神の被害を最小限にしたまえー〜。
「え?呪いってなに?」
「いや、先輩、それがですね」
この先輩看護師さんは、ナースコール事件で一緒だった看護師さんなので、ちょっと本当かどうかも分からないホラー話も、馬鹿にせずに聞いてくれるのに違いありません。
「霊感が強いっていう友達が長谷川先生のことを見たことがあるんですけど、その友達が言うに、十二人の霊が取り憑いているって言うんですよ」
「霊?それも十二人も?」
「はっきり見えるのはその十二人なんですけど、恨みつらみを入れたら相当な数にのぼるだろうって」
「はーーーっ、確かに、長谷川先生は呪われてそうだわー〜―」
「実は私もちょっとだけ見えたというか、なんというか、白衣の下からとか、ワイシャツの襟首の黒い影から指のようなものがニョロニョロと」
あえて、自分の指をニョロニョロ動かして見せると、先輩は顔を引き攣らせながら、
「なにそれ怖い」
と、言いました。
「まあね、医者って昔は高給取りの代表格だったし、女遊びも際限ないし、看護師なんか無料で使えるヘルス嬢くらいに考えている輩が多いから」
無料で使えるヘルス嬢って酷くないですか?
「霊が12人いようが、22人いようが、そうなんだろうなぁとしか思えないんだけど」
無料で使えるヘルス嬢ってそれ本当の話なんですか?
「実は、友達が教えてくれたんだけど・・」
先輩は私の方へちょっと顔を近づけながら、非常に興味深い話をしてくれました。
呼吸器内科に入院する事になった長谷川先生は、気管支鏡検査のオーダーが入ったとわかると、
「それ本当に必要あるのか?わざわざやる必要あるのか?」
と、しつこい位に担当医となった後輩医師に詰め寄っていたそうです。
肺炎患者に問答無用で検査を実施していた人とは思えません、肺癌の診断を受けたのですから、きちんと検査を受けろっていうんですよ。
「ゴホゴホゴホッゲホゴホッこの馬鹿野郎!ゲホ下手くそーーゴホゲホゴホ!」
検査が終わると長谷川先生は怒り心頭となって叫ぶので、誰も検査をやりたがらなくなっているそうです。
そんな長谷川先生ですが、どうやら他にも癌が飛んでいるかもしれないということで気管支鏡検査じゃない検査も色々と行われた結果、大腸内視鏡検査をする事になりました。
大腸の方に癌が飛んでいるかもしれないという事で検査をする事になったのですが、この時にも、
「それ本当に必要あるのか?わざわざやる必要あるのか?」
と、長谷川先生は言っていたそうです。彼は本当に医師免許を持っているのでしょうか?
大腸内視鏡検査とは、太さ12mmのファイバースコープを肛門から突っ込んでいく検査なのですが、この検査で一番大事なことは、腸の中をとにかく、とにかく綺麗にすること。大腸の中の便が完全になくなっていなければ検査が出来ないのです。
検査前には三日程度、食事制限食をする事になり、検査の前日には腸の動きを活性化する下剤を処方。当日は朝から絶食となり、朝から腸管洗浄液を内服します。
この腸管洗浄液というのが、まあ、色々と種類があるのですが、うちの病院は昔ながらのニフレック(グレープフルーツ味)2Lを使用。
この2Lを飲むのが結構大変で、
「ピコプレップかモビプレップにしてくれよ〜」
と、長谷川先生は要求しましたが、即座に却下。
ピコプレップ(オレンジ風味)内容量500ml、追加で750ml以上の水分内服が必要。モビプレップ(梅しそ風味)1000ml内服後、追加で500mlの水分内服。
他の薬の方が内服量少なめになるんだけど、薬を選ぶのはお医者さんだからね〜、お医者さんの好みが反映されるのは身に染みて分かっていると思うんだけど。
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医者の不養生とは良く言ったもので、病気が見つかって入院とかあるある話だったりしますかね。
自分の勤めている病棟ではない場所に入院するのならまだ良いんですけど、自分が勤めている病棟だと、すごーく立場がないというか、微妙な空気が流れるというか、えらい勝手なことを言い出すな〜とか、他の病院に転院してくれって思います。(人によるとは思いますけどもね)
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