第4話 死神と呼ばれる医者 ①
美容形成外科の医師が睡眠薬を職員に盛って、強制わいせつ行為に及んだ。そのため、医師のパソコンを調べたところ、同様の手口で行為に及ばれた女性が10名以上にのぼる事になりそうなんですって。ネット記事に載ってました!
この職員ってようするに看護師さんとか受付のお姉さんとかで、美容を掲げているだけに美人ばかりを狙って犯行におよんだって事になるわけですよね?
はー〜っ、世の中には色々なわいせつ事件が横行していますが、表に出ていないだけで、そんなの山ほどあるのだと思います。
「もうー〜!ちょっと本気で信じられないんだけどー〜!」
検査室にカルテを置きに行ったはずの先輩が、顔を真っ赤にしてぷんぷん怒りながらナースステーションに帰ってきました。
「先輩、何があったんですかぁ?」
先輩看護師のヘイト値が高い私はまず質問なんか出来ないので、近くに居た同期の横山理奈が問いかけると、
「エレベーターの中で死神に胸触られたのよ!本気で信じられない!」
と、怒りの声が上がります。
「死神ですかぁ?本気で信じられないですね〜」
この病院には確かに『死神』が存在する。
黒い服を着ているとか、大きな鎌を持って歩いているとか、見かけ骸骨にしか見えないとか、そういうのじゃないです。もちろん、灰色の髪の毛で眼帯しているとか、常に注射器を片手に持っているとか、過去に軍医として戦争に参加したとか、誰彼構わず安楽死を強要するとか、そんなのとも違います。
「えええ〜―!観察室にいる山手さん、呼吸機能不全で呼吸器内科に診療お願いしているじゃない、なに余計な事をしてくれてるのよ〜!」
チームリーダーである先輩看護師さんが、悲鳴のような声をあげています。
患者さんの為には専門医に診てもらうのは必要、だけど、その専門医がとーっても問題ありなのは間違いなくて、
「宮脇さん、あなた、長谷川先生について頂戴ね」
と、ヘイト値高めの私にお鉢が回って来たのです。
呼吸器内科の医師である長谷川先生は・・多分・・五十代なのかな?髪の毛は半分白髪で痩せていて、前髪を顔の半分くらい隠すまで伸ばしていったら、概ねアイツになるんだと思います。(ヤブ医者が高額の治療費を貰って患者さんをバッタバッタと治していく漫画に出てくる、あの、元軍医のあの人です!)
とにかく腕が悪くて腕が悪くて、患者が良くならないし、死ぬことが多いって事で『死神』というあだ名が付けられています。
普通の人が聞いたら、なにそれ?嘘でしょう?そんなことある?というように感じるかもしれないですけれども、そりゃ人間なんですもの。医師免許を例え持っていたとしても、それなりに腕が悪い(とても腕が悪い)医者というものは、この世に実在していたりするのです。
胸腔ドレーンを入れようとして肺を突き刺したなんてこともありますよ?ちなみに胸腔ドレーンというものは、先が尖った銀色のぶっとい管なので、これが肺に突き刺さると片肺がぺちゃんと潰れます。大変な事になります。
なにが言いたいのかというと、世の中にはそういうこともやっちゃったお医者さんというのはまあ、それなりにいます。お医者様も人間ですもの、失敗することもあるとは思いますけどもね。
ちなみに、我が病院に勤める死神は、無駄に気管支鏡検査が大好きです。
「この患者さんの呼吸機能が低下しているわけね」
聴診器を患者さんの胸にあてていた死神、もとい長谷川先生は私の方を見ると、(今ちらっと胸を見ながら興味ない感じで視線を逸らしましたね)
「それじゃあ、気管支鏡検査をしようか」
と、言いました。ええ〜?この患者さんに気管支鏡検査いるか〜?
何せ泌尿器科に入院する予定の患者さんで、ベッドが満床だったからという理由で脳外科にちょっとの間、入院していた患者さんにも、肺炎症状が出たため、良かれと思って呼吸器内科に診てもらったら、
「それじゃあ、気管支鏡検査をしましょうか」
となって実行ですよ。
今日だって、脳梗塞を起こして入院の、高血圧、高血糖、高脂血症の3K患者さんに呼吸機能不全症状が見られるからって事で呼んだだけなのに、
「気管支鏡検査しようか」
だもんね。
「本当に気管支鏡検査ですか?」
「そう、気管支鏡検査」
本当にこの人、めちゃくちゃ気管支鏡検査好きなんだよな〜。
ちょっと想像してみてください。例えば、ご飯を食べている最中にうっかりと米粒一つが気管に入っただけで、めちゃくちゃ咳出るし、痛いし、苦しいし、とんでもない事になりますよね?
この米粒が、胃カメラで使うファイバースコープよりかは細いとはいえ、直径5mmくらいのニョロニョロ〜と伸びたコードに変わったと想像してみてください。
これを鼻または口から入れられて、米粒一つで苦痛を味わう事になる気管へと突っ込まれまして、あっちこっちの観察に、検体採取とかされた暁には、めちゃめちゃめちゃめちゃ苦しい〜!!って事になるわけです。
あっという間に検査をするためのマイクロファイバーや機材が運び込まれてきて、ただでさえ人工呼吸器やらモニターやらでいっぱいいっぱいの観察室がアップアップの状態となりました。
私は気管支鏡検査を行う患者さんの担当なので、補助としてついて居ますが、長谷川先生が器用に肘を動かして、介助に入っている検査技師のお姉さんの胸を触っていることには気が付いていました。
観察室に機材を入れたらキチキチで、技師さんも身動き取れないところにきての暴挙です。
死神は嬉々とした表情を浮かべてマイクロファイバー(先っちょにカメラやら何やら付けている長くて黒い管)を動かしていきました。
気管の中は画面を通して良く見えるけど、
「ガボガボガボ、グェッグホホホホホッ」
80オーバーのおじいちゃんがこれ程、苦しみながら、わざわざやらなきゃならない検査じゃないと思うんだけどなあ。
「検査結果は後で送るから」
意気揚々と呼吸器内科へと帰っていく長谷川先生を見送っていると、何か変なものが見えたような気がしました。
長谷川先生は黒のスラックスにポロシャツを着ていて、その上に白衣を着ていたわけですが、その白衣の裾から黒い影が背中の方へと伸びているように見えたのです。
「ゴミ・・え・・タオル?・・紙?・・え?」
トイレに行ってトイレットペーパーをパンツに挟んだままズボンも履いちゃったみたいな、そんな何かをずるずる引きずるように見えたのは気のせいでしょうか?
白衣の下から伸びる黒い影が無数の人の指のように見えて、黒いスラックスから這いずりながら移動して見えるのは、目の錯覚でしょうか。
山手さんの診断結果は右肺下葉部に限局したマイコプラズマ肺炎で、薬の処方について示されていたようだけど、
「わざわざ気管支鏡検査する必要あったか?」
という担当医の意見は闇に消えていったのは言うまでもありません。
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死神先生と呼ばれる先生は、当時、本当に居ましたとも。先輩看護師さんは、エレベーターで二人っきりになった途端に、スカートの中に手を突っ込んで来たって言ってました。マジで、気管支鏡検査が大好きな先生でした〜。この後、幽霊エピソードに続くので、ここで止めずに先に進んで頂ければ幸いです〜。
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