第5話 死神と呼ばれる医者 ②
私は病院に勤め出してまだ1年目の新人ですが、病院という場所では、必ず必要な検査の他に、医師の趣味みたいなもので勧められる検査というものがあるのを知りました。
それ!絶対に必要ないだろー〜!って断言できるようなものじゃなく、え?それ今やりますか?やる必要ありますか?って疑問に思いながらも進められる検査って奴です。
これが感染症全てを調べるとか、肝炎ワクチンどれくらい効果が残っているか調べるとか、そういうことだったら血液検査の項目に加えるだけの話だからいいんですけども、気管支鏡検査はエグいです。患者さんの苦しさ考えてあげて!と、思うんですけども、
「専門医が必要だっていうならやってもいいんじゃな〜い?」
って感じで許可されていくんですよ。
今日も今日とて、肺炎の症状がみられるおばあちゃんの呼吸器内科の受診が決まり、病室に現れた長谷川先生(死神)が嬉々として、
「気管支鏡検査をしましょう」
と、言い出した。
え・・・88歳のおばあちゃんに気管支鏡?エグくないっすか?苦痛とショックで死んじゃったらどうするの?
いやいや、気管支鏡検査のショックで死なないとは思うけど、苦しい、苦しい、88歳のおばあちゃんには苦しすぎる検査だって思うんだけど。
結局、死神の望むままに検査は行われる事になり、家族の承諾も済んで、あっという間に機材が運ばれてきた。(今度の技師さんは男性だった)ベッドに仰向けにさせられたおばあちゃんは、
「嫌だよお!嫌だよおおお!」
と、叫び出したんだけど、可哀想すぎて涙が出てきそう。
だけど、主治医も認めた、専門医は必要だと言う、家族も承認したから、おばあちゃんはこの検査を受けなければならないわけだ。
「大丈夫ですよ〜、すぐに終わりますからね〜」
死神はいっつもこの言葉を言った後に、問答無用でマイクロファイバーを突っ込んでいくんだけど、この時の様子は少しだけおかしいように見えたのです。
顔は嬉しそうに笑っているんだけど、顔色が土気色を通り越して焦茶色みたいな色になっていて、目の焦点があっていないように見えるんですけど・・
今日の死神は白のワイシャツに紺のスラックス、その上に白衣を着ていたわけだけど、白衣の首元から細い何かが無数に伸びていて、よくよく見ると、這い回るように動いている。病室の照明がチカチカしているのかなぁと思って天井を眺めても、蛍光灯は白い光で病室内を照らしていて、チカッとも瞬いてはいない。
まるで草原の草が風で揺れるように、首元から伸びた黒い影が風になぶられるように動いている。その草みたいなものは・・人の指に見えるんだけど・・・・目の錯覚だよなあ、凖夜勤明けの日勤だし、やっぱり寝不足って人間をおかしくするんだな。
「ぎゃー〜―!」
おばあちゃんが一声叫ぶと同時に、
「先生?先生?どうしたんですか?先生?」
ぐらりと体を傾けた死神は、機材とベッドの間に器用な形で倒れ込む。
「死神が死んだーーー!」
思わず私の口から漏れでた叫び声は、廊下を歩いていた先輩看護師さんの耳に飛び込んだみたい。先輩は倒れた長谷川先生を確認すると、ナースコールの横にある『緊急呼び出しボタン』を即座に押した。
「何があったんだ!」
「長谷川先生が倒れたのよ!」
「とにかく機材を退けて、呼吸はどうなってる?」
「脈は78、呼吸は32、浅薄呼吸です、宮脇さん!聴診器貸して!」
「はい!」
首からかけていた聴診器を先輩に渡すと、暴れてベッドから落ちそうになるおばあちゃんを抑えにかかる。
「長谷川先生!長谷川先生!わかりますか?痛み刺激に反応あります、瞳孔反射は問題ありません」
「ねえ!何かが喉に詰まっているみたいなんだけど!」
「なんだって?」
緊急呼び出しボタンはナースコールとは別で、患者の急変などの緊急時に、すぐに助けを呼ぶために押すボタンとなるため、脳外科の医師も病室には飛び込んできている。
先生は自分の聴診器で長谷川先生の聴診をすると、
「本当だ・・何かが詰まっているな・・・」
と言って、顔を青ざめさせた。
「とにかく向かい側のベッドが空いているからそこに移動しよう、気管支鏡検査はまだ使っていないんだよな?」
「はい!使っていません!」
「じゃあ、緊急事態っていう事だし、それを使ってしまおう」
おばあちゃんのベッドを囲っていたカーテンが開かれて、向かい側のベッドへと長谷川先生が運ばれていく。
そうして脳外科医による気管支鏡検査が開始されたわけだけど、
「ガボガボガボ、グェッグホホホホホッ」
咳き込み、えずき、苦しみながら、長谷川先生は意識を取り戻した。
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このお話はフィクションです。けども、検査が嫌だー!と暴れ出すご老人はそれなりにいますし、それ、本当に必要なの?本当に?と、疑問に思われながらも実施されていく検査というものはありますとも。
あの先生はこの検査、趣味だからねー。は、一般人からすると「はああ?」みたいに思うかもしれませんが、あるある話だとは思います。
本職が必要だと言えば、必要なんですよ。というか、必要ということになるんですかね。まだまだ続きます。
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