第三章 天空の使者と花婿

第39話 穏やかな終わり。騒がしい始まり。

「ぐぬぬ…! 目の前にご馳走クロスるのに体が動かない……!」


「頑張るのです、吾ッ! 根性ォォォォッ!!!」


「そんなことばかり言うからベッドに縛り付けられるんですよ、まったく。はいクロス、あ〜ん♡」


「あ、あーん……。何だか悪いなアーサー」


「えへ、えへへ……これくらいならお安い御用だよ! あっ、こら、二人はまだ上手く身体を動かせないんですから大人しくしてて下さい!!」


 校外学習から丸三日が経過し、愉快なご主人様と俺は病室のベッドの上で絶対安静を言い渡された。

 俺はワイヤートリックという技の影響で、レイとエルの二人はそれぞれ変身が解除された影響でまともに動くことができないでいる。

 ただ、俺の「助けてくれたら何でもする」という言葉を忘れていなかった二人は恐るべき執念でベッドから動き、そして俺のすぐ近くで力尽きた。困ったことに三人仲良く川の字でいるところをアーサーに見つかり、何があったのかを事細かく説明させられるハメになった。

 アーサーも俺たちの仲の良さには薄々気付いていたようで特に言及することもないらしいが、彼女ももっと仲良くなりたいということでその旨を二人に伝えたところ許可がおり、今ではかなり砕けた態度になっている。


「それにしても?」


「それが分からないのよ。魔力はちょっとずつ戻ってきているんだけど、このままなのよね……」


 そう、レイが言う通り二人の魔力は少しずつではあるが回復してきている。だが、元の魔力量が膨大だったからか、それとも半分も回復していないからかは分からないが、まだ満足に動けるようにはならなそうだ。

 生きとし生けるもの総てを恐怖させる魔力を持って生まれた二人。その二人の魔力が回復しているということはまた他者を恐怖させるのではないかと懸念されていたが、どうやら変身解除後に俺の胸へ突撃してきた、白と黒の二色で造られたハート型の結晶体が主な元凶らしく、怖がらせようと意識しなければ問題ないらしい───と、怖がらせられたブラッドは言う。


「ですが、ふとした拍子に恐怖を伝播させてしまうこともあるのが現状です。これからは安定させることを優先して訓練をしていくしかなさそうですね」


 そう、以前のように垂れ流し続けているわけではないものの、それでも生まれてきてからずっと溜め込んできた恐怖性魔力(ブラッド命名)の残滓というか名残というか、まあ、完全には消えてくれないというのが現実だ。

 しかし、あの日を皮切りに他の生徒たちや先生方などがお見舞いに来てくれるなど、目に見えて周囲の態度が変化した。手のひら返しはあまり好きではないが、それでも嬉しそうな雰囲気を出す彼女たちを見れば些細なことだ。


「はぁ……教会のお偉いさん方が馬鹿なことをしたせいでボクまで疑われちゃったよぅ………」


「アーサーも災難だったな。マリア、ルル、ウェンディの三人は戻されたんだっけ?」


「うん、いつの間にかアザゼルと共謀してたらしくてね……ボクのためだとか言いくるめられてあのゴッドスライムを呼び寄せる原因を作っちゃったんだ」


 後日の調査で判明したことだがブラッドの転送魔法に不自然な改変が見られその痕跡を辿っていくとアーサーの仲間、ひいては人間側の勢力が意図的に細工を施したとのこと。

 なぜエンペラースライムより凶悪なゴッドスライムが出現したのかと言えばそれが主な原因らしい。魔族側は状況を整理し厳しい追及をした結果、聖剣の勇者であるアーサーは保護観察処分に、その仲間は自国へと返還され、アザゼルなどのお偉いさん方は公にできない処罰を受けることになったそうな。

 とある情報筋によると仲間割れか裏切りによってピンク髪の大男は亡くなってしまったとかなんとか。


「───とは言っても詳しいことは私たちに知らされないんだものね。"詳細は御当主様でなければ開示できかねます"とか言うのよあの捜査部隊の隊長さんは。まったく、コッチは当事者だっつーの!!!」

 

「気持ちは分かりますが何事も適材適所というものがあります。当主でない一介の生徒ではどうなったかを知らされただけでも良いほうですよ?」


「分かってるわよ。ただ、蚊帳の外だなーって愚痴らなきゃ胸のモヤっとしたものが取れないってだけ」


「あはは………ボクも詳細は知りたかったけど、こうしてお二人に会うことを許されてるだけで甘々な処置なんですよねぇ」


「聖剣さえ無けりゃただの一般人とほとんど変わらないからじゃないか?」


「「あー………」」


「ぐはっ!? ホントのことでも言っていいことと悪いことがあるよね!!」


 やいのやいの言いながら、アーサーはまだ続いている捜査の協力をするために病室から出ていった。

 すると、彼女と入れ替わりにギークが入ってきた。側にはブラッドもおり、どうやらギークは俺に、ブラッドは彼女たちに話があるようだ。上手く身体を動かさないながらもなんとか車椅子に乗って病室から出れば、入り口にはアルゴやピピなんかが待機している。

 元婚約者とはいえそれなりの地位にいる男女が同室にいるのは外聞が悪いからか、いらぬ面倒ごとを避けるために彼ら彼女らはいるのだろう。一応の挨拶をしたあと俺たちは屋上に上がり、外の暖かい風を浴びる。


「で───? 告白ならゴメンなさいなんだが?」


「何でオレはしてもいない告白でフラれなきゃならないんだよ。ほら、なんかゲームに無い終わり方になったからさ、この後のことでも話そうかと思ったんだよ」


「あー、確かゲームだとレイたちが殺されて世界は救われた………で終わるんだったか?」


「そうだな。んでもってなんだ」


「…一部が完結か………はぁ」


 耳を塞ぎたくなるような単語が聞こえてしまった。

 空はこんなにも青いのに、俺の心の中は先行きが見えない暗雲が立ち込めているようだ。第一部が完結……ということは、自然と第二第三部があることが容易に予想できる。

 俺の表情はさながら悟りを開いたブッダのようだろう。実際は遠くを見つめて少しでも現実逃避をしたいだけなんだがな。


大丈夫でぇじょぶだ悟○」


「誰が悟○だ。戦闘民族になった覚えはねぇよ」

 

「第二部が始まってもオレたちグレモリー学園側のヤツにはあまり関係ないからな。せいぜいが人間の国に天使たちが遠足に来るくらいだから」


「………そりゃあ魔族もいれば天使もいておかしくは無いか。じゃあ、俺たちはノータッチで学園生活を送っといても平気なんだな?」


「そゆこと。あえて話したのは天使って存在がいることと、万が一グレモリー学園に来ても慌てないようにしてほしいから」


「了解。もし天使ってやつが来てもお偉いさん方が対応する案件みたいだし、これからはのんびりと過ごさせてもらうさ」


「ちなみに天使はみんな胸がデカいぞ」

 

「そこんとこもっと詳しく聞かせてくれ」


 青空の元、吹き抜ける暖かな風が頬を撫で、明るく照らされていた街並みは夜の静けさに呑まれる。

 良い子が寝静まる深夜、悪い子になった二人の令嬢は何とかして動こうとするも、それが叶うことなく枕を濡らしている。もういっそのこと病室を分けたほうがいいのではないかと思う今日この頃。

 そんな俺たちだが、これからはきっとより良い学園生活を待っているだろうと、そう思いたい。



▽▽▽▽▽


「天使のクピーよ、平伏しなさい下等生物ども!」


「同じく天使のコルティですぅ〜、初めましてぇ」


 穏やかな学園生活は遠い夢なのか、それともこの学園にいる誰かが呪われでもしているのか、また一波乱ありそうなヤツが登場してきた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死の運命にある凶悪笑顔の2人はとてもカワイイ 研究所 @KenQjo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ