第29話 初恋

「あっ、ありがとうございました───!」


 路地裏に連れ込まれそうになっていた女性がお礼を言ってその場を立ち去った。時刻は夕方、良い子はお家に帰らねばならない時間帯だ。


「治安が良くても事件は起こる………か」


 今日だけで四回も同じような事件に遭遇した。ボク自身がトラブル体質だから気にはしない。人間の国にいた頃は、今よりもっと多くの事件に顔を突っ込んで………突っ込まされたと言うのが正解か。


「アーサー」


 ピンクの髪をなびかせてマリアが声をかけてきた。彼女の後ろには数人の騎士がついてきており、どうやら後のことは任せろということらしい。


「ルルとウェンディにも言いましたが、早いですが今日はもう帰りましょう」


「もういいの? 一応、クロスには遅くなるって伝えてはいるんだけど……」


「もう十分に遊びました。これ以上イタズラにフラフラしていても、今度はワタクシたちが危険な目に遭うかもしれませんし」


 チラリと横の二人を見るとコクリと頷いていた。もう少し遊びたそうにしているウェンディですら帰ることに賛成していた。


「………よし、じゃあまた今度いっぱい遊ぼうか」


 ボクたちは後のことを騎士団に任せて帰り道を歩く。今日あったこと、明日何をするか、そんなたわいも無い話をしながら寮へと帰る。


 マリアは教師に質問をしに行き、ルルは買ったばかりの魔道具を触りに、ウェンディは朝早かったからか少しだけ睡眠を取ろうとフラフラしながら自室へ戻っていった。


「………何かやけに静かだな?」

 

 いつもならレイチェル様とエルフィーネ様の使用人さんたちが、あっちに行ったりこっちに行ったりしている筈なのに、今日に限っては誰も見当たらない。こんな日もあるかと考えながらボクも自分の部屋を目指す。


「ん───?」


 窓に何かの影が通った気がした。待って、待って、ボクって人間はホラーに耐性が全くと言っていいほど無いんだ。


(怖いけど気のせいだって、見間違いだって確認して安心したいから………行くぞぅ!)


 そろーっと相手に気づかれないようにしながら、窓の外を確認してみる。右…左…下……上もいないな、よし。


「はぁ、こんな時クロスが居てくれたら大丈夫なんだけどなぁ………。彼、余程のことがない限り焦ったりしないから」


 もういっそのこと、彼の精神は植物でできていますと言われたほうが納得できるくらいに全然動じないのだ。


 最初の頃、間違えて扉の鍵を閉めないまま着替えていたら、そこに偶然入ってきたクロスに全裸を見られたことがある。ボクは驚きと羞恥心で口をパクパクさせていたのに、彼ときたら「お、悪い」とだけ言って荷物を持って出て行ってしまった。


(性別はわかっても、女の子として認識できていないんじゃないのかな………なんか悔しい)


 分かっている。クロスのご主人様はものすっごく綺麗で可愛らしく、ボクなんかの裸を見ただけでは動じないくらいに彼の目が肥えているのは分かっているのだ。


(でもっ! だからといって無反応は無反応で、こうっ………何か負けた気がするんだよね!?)


 今まで女の子としてすら認識されなかったから気にせずにいたけど、いざそう認識されていながら何の反応もしてくれないとなると、胸の中にモヤモヤした感覚をおぼえる。


「あれ………もしかしてコレが、レイチェル様とエルフィーネ様が抱えている気持ち……なのかな?」


 彼女たちの境遇を考えれば、クロスは初めてまともに相手をしてくれている異性だ。そんな人に自分という存在をもっと見て欲しくなる気持ちはボクにもある。それなのに、当の本人から返ってくるのは一歩引いた父親のような反応なのだから困る。


 なるほど、こう考えると彼女たちの不満というか悩みがわかるような気がしてきた。時折、暴走気味にクロスを襲うのはそういった感情からくる、一種の「甘え」のようなものなんだね。


(ん? というこは、香水なんか買っちゃっているボクのコレも………、はわ、はわわわわわ!!!)


 鏡を見なくても分かる、今のボクの顔は真っ赤になってしまっている。


(うえぇぇぇぇ!?? と、とゆうことはボクもクロスに甘えたかった、ってコトォッ!?)


 顔が熱くなりすぎて、そろそろ炎の一つや二つは出てもおかしくないのではないかと思う。ボクもボクで、無自覚に彼を求めていたのだろうか。女の子扱いはされずとも、たかが女の子として初めて認識されただけで意識してしまうボク───なんてチョロいんだろう。


「恥ッッッずかしいィ………!!!」


 クロスに対して暴れ気味だった二人を「やれやれ、またやっているぜ」と、一歩引いて大人のフリをしていたボク自分も同じ穴の狢だったわけだ。


「あ"ぁ"〜〜〜〜〜! 過去の自分を思いっきりビンタしてやりたいッ! お前も同類だろ、って!」


 廊下にうずくまって身悶えする。過去の自分がやっていたこと、思っていたことに対して色々と文句が言いたくなってしまう。頼むからそれ以上黒歴史を作らないでくれと土下座したい。


 少しグチをこぼしたらスッキリした。まだ羞恥心で顔は赤いのだろうけれども、いつまでも床に張り付く虫になってはいられない。扉を開いて荷物を横に放り投げ、そのままベッドにダイブ。


「ああッ!? 香水買ってたんだった!!」


 普段から買い物なんて安い服とかお菓子とかしか買わないから、そのクセで放り投げてしまった。慌てて確認したらなんとか無事だった。さすが高級品なだけあって梱包がすごい丈夫なんだね。ホッと一息ついて再びベッドに身体を投げ出す。


「そうかぁ………ボク、クロスのことが好きになっちゃったのかぁ………」


 一生縁のない言葉だった。ただ優しくされただけで恋に落ちてしまう、恋愛小説の主人公を羨ましくさえ思ってた時期だってある。そんなボクが、まさかの初恋をしてしまうとは、少し前の自分だったら鼻で笑って頭の病院を紹介していただろう。


 むず痒いような暖かいような、そんな形容し難い気持ちに悩まされてはいるが不思議と悪くない気持ちだ。ちょうどその時だった、扉がノックされたのは。


「はいっ、誰ですか………?」


『吾です、エルフィーネです』


「エルフィーネ様? あっ、いま出───ヒィッ」


『アーサーさん………?』


「いっ、いえっ! 何でもありませんっ!」


 すぐさま扉を開けて彼女を迎え入れる。いつも光を反射させない目をしているが、今日の彼女はそれに加えてどこか上の空の雰囲気だ。


「すみません、うちのクロスを見ませんでしたか? 少し………そう、用事を申し付けたくて」


「いい、いえっ、今日は朝以外会ってません!」


「……………………………そうでしたか」


「はいっ!」


「ふぅ………突然失礼致しました。用事は直接伝えますのでお気になさらず───でわ」


 そう言って彼女は楚々とした態度で部屋を出た。最後の方はいつものエルフィーネ様だったけど、途中までは妙なプレッシャーを感じずにはいられなかった。


 ボクは彼女が変わってしまった原因をジトっとした目で見つめる。


「何があったの?」


「すまん、詳しいことは訊かないでくれ。俺も俺でよく理解してないまま服を破かれたんだ………」


 原因───クロスは両手を合わせ申し訳なさそうにしながら謝った。ついでに胸と股間、お尻の部分が重点的にボロボロになった服を出してきた。何があったらそこだけ破けるの?


(あれ………、ということは独り言……聞かれてた? へ………?)


 目がグルグルしてきた。えっ、まって、本当に待って下さい。じゃあ「好き」だなんだってことも聞かれてた可能性がおありでござりやがりまするのでしょうかっ!??!?


「でも危なかったー……ギリギリで起きたから焦ったぜ」


「そっ、そうなんだ!」


「………なんで嬉しそうなんだ?」


「嬉しくないよ、全然ッ! とっ、ところで、何でクロスはボクのベッドの下に………?」


「うん? ああ、それはな────」


 それからクロスの説明を聞くと、どうやら朝から王子様に呼び出されて、帰ってきたら「ドスケベ属性」なるものを勝手に付けられていたそうな。それから妙に危険な雰囲気を感じ取って逃げていた……と。


 危険な雰囲気はボクも感じたから分かる。彼はボクと同じくらいトラブル体質だ。少し違うのはトラブルが自分に降りかかるか、自分から飛び込むかの違いだけど。


「ふぁ………すまん、少しだけ寝る。もし、誰かが来たら起こしてくれないか?」


「うっ、うん、いいよ。うわっ、すっごいクマできてるね? 寝てな寝てな!」


「おー………あんがと」


 クロスにしては珍しく弱っている。何気に初めて彼の弱った姿を見たかもしれない。ボクも自分のベッドに座って、そんな彼に少しイタズラをしてしまう。


「膝枕してあげよっか? なーんて─────」


「───ん」


「へ………?」


 冗談のつもりだったのに、そんなことはお眠なクロスに関係なかったようだ。遠慮なくボクの肉付きがあまり良いとは言えない脚を枕に寝始めてしまった。


「……………」


「もう………寝ちゃった?」


 想像よりもかなり疲れていたようで、彼はボクを枕にするや否やすぐに寝息を立ててしまった。それもそうだ、誰よりも早く起きて誰よりも遅くに寝ているのに疲れないはずがない。


「うわぁ……まつ毛長ァ〜、髪の毛もこんなにサラサラなんだ………」


 ここまでマジマジと他人の顔を観察する事なんてなかったからか、それとも好きな相手だからか、自分と違う部分が妙に面白い。


 そして、何を思ったのかボクはクロスのプルプルと潤っている唇に指を当て、まるで撫でるように触った後、口の中に少しだけ入れてしまった。


「─────チュッ」


「───ンッ♡ ヤダッ……赤ちゃんみたいに吸ってくる、アッ♡」


 カワイイ───そう思った。もしかして、ボクが彼に感じていたのはこういう感情なのだろうか。


「カワイイ………ボクの赤ちゃん…………♡」


 守ってあげたい。この愛らしい姿のクロスを何もかも、全てから守ってあげたい。


 そう、ボクは初恋を自覚した。クロスはボクの赤ちゃん、ボクだけの赤ちゃんにしてみたいと、そういう初恋よくぼうを自覚したんだ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

いいね、感想、誤字脱字のご報告お待ちしております!


皆さんの初恋はいつでしたか?


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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