第28話 香水

「ん〜〜〜! 雲一つないいい天気だなぁ〜!」


 伸びをしながらそう呟く。雲一つない快晴に涼しい風が肌をなでる、今日は本当にいい天気です。


「アーサー、早く来ないと置いていく」


 そう名前を呼んでいるのはショートの青い髪に金の目を持ち、鍔の広い帽子と木の杖を装備したザ•魔法使いのルル。ボクことアーサーは三人の仲間と一緒にテテットの街へと赴き、デートという名のお買い物を楽しんでいます。


「ゴメンゴメンすぐ行くよ!」


 魔法使いのルル、神官のマリア、戦士のウェンディの三人は大切な仲間なんだけれど、ボクのことを男の子だと勘違いしている。知り合った当初から今と変わらない接し方をしていたから、まさか自分のことを男だと思っているなんて考えていなかった。


「皆さんの服はワタクシが選びますわね!」


「そんなことより肉食いてぇよ〜〜腹減ったァ!」


「ルルは本屋に行きたい。最新刊が出てるかも」


「今日はせっかくのお休みだし、時間もあるから順番に見て回ろっか」


「「「おーー!」」」


 自分から女の子であることを告白しない限り、ほとんどの人がボクを男の子と認識してしまう。一度、教会で生活していた時に呪いか何かついているんじゃないかと思って、神父様にお祓いを頼んだことがあった。しかし、結果として何も祓う必要がなく、勘違いされるのはそういう星の元に生まれたのだと言われてしまった。


 三人の誤解を早い段階で解かなかったボク自身も悪いのだけれど、それを知ったのが学園に入る少し前だから今更感がすごい。現状、その誤解で困ったことはないのでヨシとするのがボクの悪癖だと神父様は仰っていたな、無視したけど。


(いいじゃないか嫌なことから逃げたって……誰も彼もが真っ直ぐなわけじゃないんだよ)


 心の中の神父様にグチをこぼした時だった、耳をつんざくような甲高い女性の悲鳴が響いた。


「───ッ、またボクは考えなしに……!!」


 もう一つの悪癖………というより、もはやコレは呪いの類なんだと思う。聖剣に選ばれた日から剣を振り続けてきたボクはそれだけで強くなったと錯覚してしまい、こうして事件の臭いがする方向へ足を運んでしまうのだ。これは決して正義感からくる行動ではない。そもそもイジメられっ子だったボクは基本的に他人を信用できないし、なにより自分が優先の酷いエゴイストなんだ。


 路地裏に悲鳴の主かと思われるダークエルフの女性が見えた。彼女は複数の種族の男性たちに囲まれ、手首を掴まれて顔を腫らしていた。


「今すぐその女性から離れて………じゃないと」


 現れたのが自分たちよりも小さくて細い人間だからだろうか、彼らは一瞬だけ驚いたあとボクの言葉に嘲笑を浮かべた。


「じゃないと………どうすんだ人間?」


「テメェ一人でどうするんでちゅか〜?」


「正義感が強くてカッコイイねぇ? ぷくく……」


 本当だよ、ボク一人でどうしようというんだ。相手は合計で六人もいるのに対し、コッチは仲間を置いてきたおバカ一人なんだぞ。


 負けることは万に一つもないにせよ、こんな面倒ごとは騎士団とかそういうキッチリとした役目の人の領分だろうに───と思っていた時だった。


「ふんっ─────!!!」


「ギョ…………!??!」


「テメッ、このアマ───グフッ!??」


 ダークエルフの女性はさっきまでの怯えた表情から一変、鬼も涙目で逃げ出しそうな形相で男たちのシンボルを情け容赦無く全力で蹴り上げていった。


「女だからって舐めんじゃないよゴミ共がッ!!」


「ひっ、ヒィ〜〜〜〜〜ッ!!!」


仲間連れてゴミ掃除してけアホッ!!!」


 仲間を置いて逃げようとした一人に喝を入れ、この事件(?)は解決してしまった───ボクいらなかったな。


 女性はくるりと振り返ってこっちまで近寄ると、今度は誰からも好かれそうな笑顔でバシバシ肩を叩いてくる。


「アンタッ、若いのに大した度胸じゃあないか! フツーなら見て見ぬふりしても仕方ない状況だったろうに!」


「それっ! はっ! どうっ! もっ! あのっ! さすがに痛いっ! ですっ!」


 彼女───アマンダは「すまないねぇ!」と豪快に笑いながら最後に一発すごいのをくれた。何だかクロス以外の知り合う人全員、一癖も二癖もある人ばかりだ………魔族だけど。


 助けに入ったことを大層気に入ったのか、アマンダは自分が経営している食堂へと特別に時間早く入れてくれた。後から追いかけてきたルルたちも入れて四人で彼女の好意に甘えさせてもらう。


「まったく………いつもながら一人で突っ走らないで下さいアーサー、ワタクシは足速くないんです」


「ごっ、ゴメン………以後気をつけます、ハイ」


「ルルはそういうところに救われた」


「肉食えるならヨシッ!」


 マリアに叱られながらも、ついに食事が運ばれてきた。海に面していない地域なのに、目の前には新鮮な魚介類が並んでいる。どうやら輸送や保存技術が発達していれば、例え砂漠地帯であろうがこうして新鮮な生魚を頂けるようだ。


「じゃんじゃん食べておくれよ!」


 アマンダが言うまでもなく、ウェンディが遠慮なしにバクバクとそのお腹に食べ物を収めていく。毎回思うけど異次元に繋がっているんじゃないか、あのお腹。


 開店前に食べさせてもらったのに、お会計の時にスイーツまで貰ってしまった。お値段もリーズナブルでとても助けに入っただけとは思えないくらい、すごく佳くしてくれて逆に恐縮してしまう。


 まだ日が高く登る前だと言うのにお腹がいっぱいになり過ぎて動けない。しかし、三人はそんなのお構いなしに新しい服を見ようと元気いっぱいだ。おかしいな、ボクも同じ女の子のはずなのにこの温度差はなんなんだろう。


「見てくださいアーサー! ワタクシ、教会に居たころはこんなにキラキラした服なんて見たことがありませんでした!」


「このローブ………魔法がかけられてる。初級のライトで光る仕様? なんかすごい!」


「スッゴイ伸びるし洗いやすそうだなコレ? これなら特訓もいっぱいできるぞ!!」


 違った、純粋にショッピングを楽しんでいるのはマリアだけだった。他の二人は自分の趣味に見合った服があることにテンションを上げているだけだ。


 かくいうボクも、男女のどちらも着れる上下セットの服を何着か選んでいた。面倒くさがりの人ならわかると思うけれど、服なんて着れれば何でもいいと考えてるタイプなんだよねボク。一々組み合わせて楽しむことなんかしたことないし、黒と白の上にズボンが一番楽なんだ。


「みんな似合っているよ」


 一人ずつ別の言葉で褒めていく。これだけは昔から得意で他の男の子たちから「よくそんなに褒められるな」と驚かれたことがある。そうでしょう、そうでしょう。ボクにだって他の人がマネできないような特技があるのです、もっと褒めてくれてもいいのですよ。


「ん、次はルルの用事に付き合ってもらう」


「「「はーーーい」」」


 ルルの用事とは魔法が記された本だったり、魔法の道具だったりと、彼女の特技に類似した何かである。毎回長時間に及ぶのでとても大変だが嫌ということではなく、よくそこまで夢中になれるな、と感心してしまうのだ。


「すごい……! コレ一本でお肉が焼き放題!」


「なんだと!? ホントかルルッ!!」


「こっちのヤツは美顔効果が付与されてる!」


「くっ……なかなかイイお値段ですね!」


 魔法関連のモノであれば何でも面白いらしく「それ、どこで使うの?」と思うモノでさえ、彼女にとっては素晴らしいモノとして映るようだ。


「これは………男性に魅了効果を与える香水!? でも高すぎる………残念」


「へぇ、男性に魅了を………魅了?」


 一応値段だけ見てみる───50万ベイル。なかなかにイイお値段だけど………買えちゃう。


「ルル〜〜! こちらに面白そうな魔道具がありましたわよ!」


「なにっ! それはホントかマリア!」


 今しかない、そう思った瞬間には身体は行動を開始していた。


「お買い上げありがとうごさいました〜」


「あっ、は、はいっ。どうも………」


 買ってしまった。ルルが言っていた魅了の効果がある香水を………。いや、違う、決してやましい事なんか何もないのだ。後学のためにもこの香水で魅了という、ある意味恐ろしい魔法の効果がどのようなモノなのか自分で経験しないといけないのだ。


(そうっ! コレは経験を得るために仕方なく、ホントに仕方な〜〜〜く買ってしまっただけっ!!)


 ただそれだけだから、彼に事情を説明しさえすれば実験台になってくれる………はず。今日の夜は少しだけ長くなりそうな予感がする───いや、なる!






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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