第27話 もっと違う場面で成長を感じたい

「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 まだ昼前だというのに俺ことクロスは、ここグレモリー学園に建設された寮で、息を切らしながら逃げ回っている。


「フゥ………フゥ………フゥ………」


「グルルルル……………」


 レイチェルとエルフィーネ、この哀しき二匹のケモノから自身の貞操を守るために、そして彼女らの貞操も守るために逃げねばならんのだ。


 一体全体、何がどうなって彼女たちが豹変したのか皆目見当もつかないが、きっかけは俺の胸のボタンが弾け飛んだことに原因があるのだろう。


「遠くからドスケベ、ドスケベって言ってたのは聞き間違いじゃなかったのか……はぁ、はぁ」


 最初は胸のボタンだけしか取れていなかった群青色の執事服も、彼女らに捕まりそうになる度、胸•股間•尻を重点的にボロボロになってしまっている。今もお茶をしていたテラス付近の柱に潜んでいないと、頭から後退のネジを外したドスケベキラーたちに衣服を剥ぎ取られてしまう危険性がある。


 そもそも何故、二人の会話で俺がドスケベ判定を受けねばならないのか全くの謎だし、俺も俺でドスケベキラーという意味不明なワードを生み出してしまうくらい困惑しているのだろう。


(最優先は服の調達! 次にティアたち使用人に避難の指示、アーサーらにあの二人の醜態を見せないこと、そして最後に理性が戻るまでエスケープだ!)


 幸いなことに、アーサーたちは四人で街中デートという名のお買い物を楽しんでいるため、夕方ごろまで寮に帰ることは無さそうだ。だとすれば、レイチェルとエルフィーネの寮を行き来していれば見つかる確率は低いだろう。


(伝説の老兵のごとくスニーキングミッションだ)


 残念ながら段ボールはないため、物陰に息を潜めながら自分の部屋を目指す。抜き足差し足と静かに素早く、床をズリズリ、服はビリビリ。


「お兄………ちゃん?」


 変な冷や汗とともに心臓が飛び出そうになるほど驚いた。アルゴ直伝「静かに動きましょう。え?暗殺者みたいですと?ほっほっほ、あくまで執事ですぞ」を実践していたのに二人に気づかれたのかと思ったが、声の主は妹のような存在のスーパーメイドさんことティアであった。


 普段は心優しく笑顔で近づいてくる彼女だが、今はまるで路肩のゴミを見るような目をしていた。違うんだティア、別に特殊な性癖を開花させてこんな姿になっているわけじゃないんだ。


「ティア、他の使用人にコードレッドを知らせてくれ………!」


「───っ! あいっ、ご主人様たちが暴走しちゃったんだね!」


 察しのいい子は素晴らしいな、あとでパフェを進呈しようじゃあないか。「コードレッド」とは、レイかエルの片方または、両方が(俺に対して)暴走した時に発せられる使用人緊急避難の合図である。


「頼んだぞティア!」


 彼女はキレイな敬礼を決めながら他の使用人たちの元へと走っていった。あっコケた。


 そんなティアの武運を祈って、俺は再び自室を目指す。下手な魔物よりも恐ろしい存在になった二人に追いかけ回されるのは慣れているが、それでも妙な恐ろしさを感じずにはいられない。


「クロスゥ〜出てきなさ〜い……」


 レイチェルだ。鼻息荒く頬っぺたに赤が差し、美しい真紅の眼が若干血走っている今の彼女は危険だ。一度捕まってしまえばあのギザギザと鋭い歯で、彼女が満足するまで噛み付かれることは想像に難くない。


「クンクン───そこねッ!?」


 悲しいかな、彼女はついに嗅覚で人の居場所を察知できるようになってしまったようだ。


「くっ………、捕まってたまるか!」


「───チィッ!」


 本当の舌打ちをされた。しかも、またケツの部分が破けてしまったじゃないか! 一体どこの世界に野郎のケツが露出して喜ぶ人がいるんだ、そこはせめて美少女のセクシーシーンだろうに。


「そこのドスケベ待ちなさい!」


「誰がドスケベじゃ!」


 一々人聞きの悪い属性を付けるんじゃありません! アナタ、一番最初に会った時はそんなキャラじゃなかったでしょうに。


「そんなっ! 胸を開けてっ! 私をっ! 誘ってるんでしょッ!?」


 身体強化の魔法を使っているのか、彼女の身体に白く淡い光が纏わり付き素早い動きで俺を捕まえんとする。ワンツーストレート、フェイントからの回し蹴りにタックルと、ここ一年弱で鍛えてた成果を遺憾なく発揮している。


「できれば、もっと違う場面でその成長を感じたかったな!?」


「ウガアァァアアアァァァァーーー!!!」


「ついに言語まで失っただと!??」


 このままでは埒があかないため、俺は全速力で寮にある厨房へ向かう。道中に襲い掛かる彼女の猛攻を避けながら滑り込むように厨房へ入り、調味料が置いてあるとこへ手を伸ばす。


「ガッ─────!!」


「ンフフ………つ〜かま〜えた〜♡」


 魔の手が俺の足を掴むと、グイっと引っ張られてうつ伏せに床に転んでしまう。


「ハァ……ハァ……もう逃がさないわよ♡ こんなハレンチな胸に育ってしまって! そんなの揉んでくださいと言っているのも同然じゃない!!」


 十五歳という年齢に見合わない妖艶な姿に、並の男であれば一発でやられてしまうだろう可愛らしい仕草で俺の胸を鷲掴みにしてくる。


 だが、道を外しかけている主人を見過ごす俺じゃない。執事として、紳士としてこの状況に対応しようじゃないか!


「自爆覚悟のコレを喰らえッ! ぶわぁっ!?」


「キャアッ!? へっ───ヘクチッ!?」


 俺が繰り出したのは、レイの顔ちかくでコショウが入った袋を破く自爆技だった。おかげでクシャミが止まらないものの、なんとか脱出できたのでヨシとする!


「まっ、待ちなさ………ヘックチ!」


 うん、コショウまみれの彼女には少し悪い気がしたが、暴走した罰として受け入れてもらおう。


 本格的にケツの部分が破けて危ないので、さっさと着替えなくてはならない。


(エルはどこだ? さっきから全然見ないのが逆にこわいんだけど………)


 レイとの鬼ごっこでかなり騒いだように思うのだが、エルがそれを聞いていないはずが無く、姿を見せないのが逆に恐ろしい。


 そんなことを考えていると、自室の前に当の本人の後ろ姿が見えた。すかさず柱の影に隠れて観察するが、エルは一向に動く気配がない。


(どうしたん───)


「捕まえましたよクロス♡」


「しまっ───!?」


 「しまった」と思った瞬間には、既に彼女の影に縛られてしまっていた。これはいわゆる亀甲縛りというものなのだが、正直かなり恥ずかしい。


「まあ! まあまあまあ! こんなにビリビリと服を破いて───ドスケベですね♡」


「だから人をそんな簡単にドスケベにすなッ!!」


「フフフ、大丈夫です、分かってます、分かってますから大人しくしていなさいね♡♡」


 言葉を失っていない分、エルには理性が残っていると思ったがまったく違う。言葉を使えるだけで、会話を宇宙に放棄してしまったのが今の彼女なのだ。


 しかし、俺もバカではない。対エル用に厨房から拝借してきたマッチを裾から取り出し、それに火をつける。彼女は小さな火を見て笑っているが、次の瞬間にはその表情を崩した。


「『ライト』ッ!!!」


「なっ───目が!?」


 周りを照らす初級扱いの魔法「ライト」。身体強化しか扱えない俺だが、元からある火に魔力を注げば使えないことはないのだ。一瞬で燃え尽きたマッチただが、過剰に注いだ魔力によって彼女の目を潰すほどの光量を発した。


 光によって影の拘束も消えた俺はエルの隙を逃すはずもなく、瞬時にロープでグルグル巻きにし、近くにあった無数の空き部屋の一つに放置した。


「はぁ……はぁ……これで着替えられる」


 ボロボロになった服を脱ぎ捨て、新しい執事服へと着替えを済ませる。何故だが今日は精神的に疲れることが多く起きすぎているな。


「ん………? アーサーの手紙?」


 ふと自分の机を見ると置き手紙があり、裏には差出人の名前にアーサーと書いてあった。手紙を開いてみると、要は帰るのが少し遅くなるという連絡だった。


「う〜ん………じゃあ今日は隠れて過ごそう」


 今日に限っては都合がいいため、無理にレイとエルの相手をするのではなくスルーの方向でいこうと思う。そうと決めたらやるべきことは一つ。


(アーサーのベッドの下で少し寝る!)


 別に変な意味はない。自分のベッドだと二人に発見されるからな、万が一アーサーが帰ってきたら素直に謝ろう。そう思いながら俺の意識は段々と暗闇に沈んでいったのだった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

いいね、感想、誤字脱字のご報告お待ちしております!


次はアーサーになります!


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る