第23話 転生者くんと俺

 白い塗装を施され無駄に豪華な装飾も消しされば、出来上がったのは二階建ての豆腐のような寮であった。グレモリー学園の北側に位置し最も遠いこの寮は、道中の雑木林を通り抜けて寮に着き、更にその奥に平された平地と小さな川がある。

 

 元々は魔法の実験場として建設されていたこの寮、そこを魔王の息子であるブラッド•リィ•モールガンが自身の研究のために拝借したという。なお、彼のために用意されていた寮は、一棟まるごと金のない貴族たちへと解放され無駄に喜ばれたらしい。


「どっから入りゃいいんだ……? 管理人も使用人も見えないんだけど、まさか一国の王子が一人で住んでいるわけでもないよな?」


 一国の王子である彼と公爵家の奴隷である俺ことクロス。一体全体どのようなオプションを追加すれば、この圧倒的なまでのブランドの差を埋めて対等な席へと着くことが出来るのだろうか。奴隷が王子に約束したから会いに来るというフィクションじみた現実を前に、どこか心の奥底では「ドッキリ大成功!!」と書かれた看板を手に誰かが出てきてくれれば、まだ安心できるというもの。


「この二階建ての四角い豆腐の扉どこ? インターホンすらないんだけど? 日曜夕方放送の野球少年バリに「王子様ー野球しようぜー」とか言えと? いや、ホントにどうしよう………」


 俺は実験場………もとい寮の正面に立ってはいるのだが、いかんせん入口が見当たらない。黒い縁の窓は確認できるのだが、肝心の扉が何処をどう探そうとも客人を迎え入れる部分が無い。


 先ほど「ドッキリ大成功」だと安心すると言ったが、やはりそれは勘弁願いたい。というのも、俺が王子の元までやってきたのは数日前に「転生者くんと合わせる」という約束を守ってくれたからに他ならない。俺は転生したこの世界のことやレイチェルたちのこと、アーサーのことを彼から詳細に訊き出さなくてはならない……のだが、いくらペタペタと白い壁面に手を当てようと解るのは肌触りがいいということだけ。さて、どうし───。


「ウェルカァーーームッ! 余のラボへようこそクロス少年、歓迎するぞ!!」


 真後ろから突然の大音量で歓迎された経験はあるだろうか。俺は今しがた経験したが、心臓にとって非常によくないものだとだけ言っておく。声の主は、白と黒色が上手く混ざった短い髪に紫の目を持ったブラッド王子本人であるのだが、地面に隠されていた鉄の扉をパカリと開き上半身だけを外界へ露出させていた。


「この度は私如きにお約束を守って頂き、誠に有難うございます」


「フッ………安心したまえクロス、ここには他人の目はない。堅苦しい言葉使いなど放置しておけ」


 返事をする前に「ついて来い」と言うと地下へ向けて階段を降りて行ってしまうため、俺は遅れないように扉を閉めて彼の後を追う。一つ疑問があるとすればなんで半裸なのだろうか、ということぐらいか。


 薄暗い階段を降りきりまた別の扉を開けば、全体が明るい魔法をかけられている通路を通り、あの四角い豆腐のような寮へ入るための階段と木目の扉へとたどり着く。明るい通路などを興味深く見れば彼が満足そうな顔をして笑っていたため、扉や地下通路などの諸々は王子の趣味が多分に含まれているのだろう。


「さて、ここに彼がいるのだが………話は余も聞かせてもらうぞ?」


「……何故、でしょうか?」


何故ぬぅあぜだって? そんなもの決まっているじゃあないか、キミたちはどこか雰囲気……というよりは存在そのものが似ている気がするのだよ!!」


「……………承知しました」


 スコッチとの一戦で初めてまともに話したが、彼は普段のハイテンションな言動から感じ取ることが難しいものの、相当に頭が切れ勘も鋭いのだ。ここで下手に拒否しようものなら悪い方向に勘繰られ、最悪の場合、レイとエルの二人に迷惑をかけてしまうかもしれない。俺はこの王子が味方にならずとも敵にならないように、転生者くんとの会話を聴かせる一種の賭けに出た。


「彼は恐らく魔族を怖がりますので、姿を消す魔法などはございますでしょうか?」


「ある。拒否されようとも最初から見えないように参加する予定だったのだ」


「ありがとうございます。では、中に入ります」


 白いペンキで塗られた扉をノックすると中から転生者くんの声が聞こえる。彼は扉を叩いたのが俺だと分かると、どこか緊張して固くなっていた声を和らげて入室してくれと言った。


 白いタイルの床に落ち着いた配色の壁、汚れのない天井という清潔感が出ている部屋にゆったりとしたシャツを着た黒髪黒目の彼がいる。怪我をしていたように思っていたが、それはスコッチが惨殺した返り血をからも浴びていただけのようで安心だ。


「久しぶりだな、あの奴隷オークション以来だっけ? 俺はいまクロスって名前を貰ってるよ」


「ああ、そうなんだ。オレはギークって名前を貰ったよ、よろしくクロス」


「よろしいギーク。ところで、なんであんな裏道にいたんだ?」


 ギークと名前を付けられた彼にそう聞いた。少なくとも小綺麗になった見た目から、彼も彼でどこかしらの貴族に買われたのだと想像できる。


「あー……実はオレ、ヴィッドって呼ばれてる貴族のバカ息子に買われたんだけどある日突然、ボロボロになったアイツに「人間は出て行け」って怒鳴られて、それで残飯とか漁ってたんだ」


「そっ……それは大変だったな」


「大変だったよ。知らない浮浪者からは「ワシの残飯を漁るな」とか言われたり、どこからか現れた野犬に襲われたら、もう散々だったよ」


 どうやらギークはヴィッドに買われて学園に来ていたらしい。今やレイチェルたちの友達であるネーレとチェチェン、その二人を苦しめていたのがヴィッドとバッカと呼ばれる二人組だった。借金をチャラにする決闘を受けて俺が勝利したのだが、八つ当たり気味にギークを追い出したようだ。


「クロスには言ったけどさ、俺って前世があってココが見たことある世界だって話しただろ? それで主要キャラのスコッチっていうヤツに、同じように話したら殺されそうになってさ。んで、逃げようとしたんだけど……そのあとの記憶がないんだよね」


 それだ。俺が一番に訊きたかったのはスコッチが言っていた「我々しか知らない」情報なのだ。これでギークが本当に転生者であることと、彼がこの世界の情報を持っている可能性が非常に高くなった。俺も自分が前世を持っているからといって、彼も同じく前世がある保証がどこにもなかった。

 

 しかし、ギークがスコッチに、スコッチがギークにした事実を考えれば彼はほぼ間違いなくこの世界に「転生」している。そう、だからこそ俺は覚悟を決めた。


「ギーク」


「うん? なっ、なんだよそんな真剣な顔して」


「俺はな?」


「………おう」


「日本からの転生者だ」


「───は?」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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新作『ネロ•エスピーナのリドル─初見殺しの魔法使い─』を公開しておりますので、どうぞ読んでいただけたら幸いです!


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それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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