第22話 最期は呆気ないのだ

 俺ことクロスは今、グレモリー学園から少しだけ離れたテテットと呼ばれているオレンジや肌色のレンガ造りの建物が並ぶ街へ来ていた。アーサーもこの街へ行っていることを確認し、レイチェルとエルフィーネの二人を、ティアと他の使用人に任せて来ている。


「さて、はどこだ……?」


 そう、俺がレイとエルの二人から離れてることなど本来は立場的にも心情的にもあり得ないのだが、この前、街に買い出しに来たときに転生者くんと思われる人物を発見したのだ。


 身だしなみが小綺麗になっていたから一目で気付くことができなかったが、声はまさしく奴隷オークション会場でこの世界とレイたちのことを教えてくれた彼であった。


「あの時は時間もなくて話も大雑把だったからな。いい加減この世界……というよりは、レイとエルにアーサーの三人に起こること全てを聞き出さないといけない」


 街の中心に設置されている噴水まで到着した。学園は北の方角にあるため、既にそこはしらみ潰しに探し回ったあとである。


「時計周りに東から探してみるか……だけど、なんでこの街に転生者くんがいるんだ? そこら辺もちょいと訊いとこうか」


 平に整備された石畳の上を歩いて服や日用雑貨が並ぶ東区を進む。がやがやと街道は賑わいそれが耳に心地よく、誰も彼もが各々の目的を持って進んでいく。


 だが、その喧騒も表側にいればこそ聞こえてくるものだ。少し道を外れて陽の光が当たらない暗い裏道を歩けば、たとえどんなに治安が良いと謳われる国であっても一定数のアンダーグラウンドめいたものが存在している。テテットも例に漏れずよくないモノが裏側に潜み、表側から迷い込んでくる者たちを自らの糧にせんとしていた。


「………チッ! ソイツは置いてってもらおうか───!!!」


 不自然に人の気配がない店と店の隙間にできた狭い裏道。その道のズルズルと引きずった跡を目で追えば、気絶している転生者くんの首根っこを雑に掴んでいる白い神官服に身を包んだスコッチがいた。


 俺は汚れがこびり付いた壁を走り頭上を飛び越えヤツの前へと躍り出る───というのも、飛び越えなければいけなかった。スコッチが通った道には皮膚が剥ぎ取られ、その下の筋繊維が剥き出しに晒された無数の惨殺死体が転がっていたからだ。


「おや? おやおやおやぁ??? ア───ッ! これはこれは、貴方様はいつぞやの完全なる器のクロス様ではありませんかッ!!」


 ギョロギョロとした目を向けながら非常に嬉しそうに笑う彼。このスコッチという男ともう一人のアザゼルと呼ばれていた頭真っピンクの男には、俺はあまりいい思い出がない。だからこそ、最初から全身全霊で全力の能力でもってコイツと対峙する。


「その男をどうするつもりだ」


「おや、貴方様はこの発言から存在の何から何まで意味不明な生き物をご存じなので? ああ、そういえばコレも自身を奴隷だったと言っておりましたから………もしやその時に出会っていたのですか。おっと失礼、話が脱線してしまいました。ええ、コレは我々しか知り得ない情報を有しておりましたので詳細を聴いたあと処分する予定でごさいます」


「わかった。そいつを置いていくか死ぬか、選べ」


 ゆっくりと左の腰に差してあった二本のナイフのうち一本を見せつけるように抜く。ナイフはまったくもって光沢がない黒い刀身に、白い文字が刻まれている。刃の全身が顕になると、白く刻まれた文字がゆらりと淡く光り、俺は素早く右にナイフを振るう。


 それを戦闘の合図かと思ったスコッチはどこから取り出したのか肌色をベースに青•黒•紫の革で作られ、ところどころ赤い付着物をまぶした不気味なパッチワークの本を空いている手に持った。そして、店の屋根から飛び降りてきた六人の仮面の神官たちが彼の後ろに並ぶ。


「では逃走を────がッ!?」


 スコッチと後ろの神官たちがバラバラになった。すまないが危険なお前たちは逃走も抵抗も許さないんだ。


 彼の存在を確認した瞬間にこうなることは予想ができていた。だから彼の頭上を飛び越える前に、蜘蛛の糸より細く恐ろしいほど頑丈な特注のワイヤーを張り巡らせておいたのだ。抜いたナイフに刻まれているのは魅了───注目と言う方が正しいそれで注意を逸らし、ほんの少しだけできた隙を逃さずに全力の身体強化でもってワイヤーを引っ張れば、例え七人相手でもバラバラに切断できる。


(なるほど……アルゴじいちゃんの予想通りか)


 不自然に発光し始めていたスコッチの本。俺は左の腰に差していたもう一本のナイフを光源に突き立てた。ナイフは透き通ったガラス製で、中には銀と青の二色でできた液体が入っており、突き立てた先から徐々に本へと染み込んでいく。


 すると化学反応でもしたように本は白く変色して青い炎を噴き出したと思うと、ボロボロと塵となり風に乗って消えてしまった。


『あのギョロ目の神官は本体が別なのでしょう。なので、その本体を見つけた時にちゃんと殺せるようこのナイフを渡しておきます。ほっほっほ』


 自分が仕留めきれなかったという私怨が入ってそうだったので本当なら受け取りたくなかったが、受け取っておいた自分を今は褒めてあげたい。


「呆気なかったみたいだけど……これでいい」


 俺はヒーローじゃない、死闘なんてこりごりだ。


 気持ちを切り替えてこの死体と転生者くんをどうしようか、そう悩んでいると不意に後ろから声をかけられる。


安心ぬわぁんしたまえボーイ」


「なっ………! 失礼致しました殿………」


 反射的に攻撃してしまいそうになったが、そこにいたのは魔族の国の王子のであった。俺は即座に攻撃を中止し、膝をついて謝罪と主人たちに罪が及ばないよう嘆願したが、彼は突然自分が声をかけたのが悪いと、意外にも寛容だった。


「詳細は後日聞くとして………クロスよ、お前が守ろうとしたそこの奴隷を余が保護する。よいな?」


「───はっ」


「この一件は任せておけ。なに、連続殺害事件の張本人がそこの死体だったのだ。罰などは何もないゆえ、今日は大人しく帰っておけ」


 一国の王子にただの奴隷がなにか言えるはずもなく頷くだけだった。幸いにも転生者くんとは再び会わせてくれると俺ごときに約束してくれたため、この場は大人しく引き下がるべきだな。


 タイミングよく騎士たちが到着し、俺は現場を去ることにした。まだまだ余力はあるのだが疲れた。肉体的にではなく精神的に大きな疲労が感じられたんだ。


 人の最期は呆気ない。


 誰も彼もが輝かしいばかりではないのだ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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