第15話 入学前日

 グレモリー学園。

 それは魔族の国に住む貴族と優秀な平民が将来、国の発展と繁栄を目指すために通う学園である。

 貴族ならば15歳から親元を離れて学園の寮で生活をすることとなる。これは自立を促し、同世代の仲間を作り上げるのが目的となっている。


 そんな学園の入学を明日に控えているのが俺の主人たち、レイチェル•ヴァイスとエルフィーネ•シュヴァルツである。


「あれから何事もなく平和な毎日だ……」


 入学した後に必要なドレスや日用品を揃えようとヴァイス領のツァーリットへ向かった時、人間の襲撃を受けてしまった。

 幸いにも死者が出なかったがそれを機に二つの家の当主たち話し合った結果、新しい屋敷で使用人と共に過ごすよう命令が下った。

 実際はレイチェルとエルフィーネの二人が提案し、ゴリ押したというのが正解だが。


 襲撃事件以降、俺たちは心身共に強くなるために訓練をしたり、入学しても時間の余裕を確保するため勉強をしたりと、忙しくとも平和な日々を送っていった。


「そもそも、何が悲しくてムキムキ長身頭真っピンク激オコ神官サイコ男とガチの殺し合いせにゃならんのだ」


 そんなことする時間があるなら二人にプリンやパフェ、ハニートーストなんかを作ってあげてやりたい。お代はとびっきりの笑顔をもらおう。


 さて、そんなことを考えるよりも今は荷物の最終チェックをしなくてはならない。ペンをくるくる回しながら一つ一つ必要な物があるか確認して、当日に困らないようにしなくては。


「ドレスにドレス、ドレス、ドレス、………見事にドレスしかねぇな。どんだけお茶したいんだ。ええと、遮光カーテンにテーブルクロスとアヒルのオモチャ、それから………アヒルはティアが勝手に入れたな?」


 昨日こっそり部屋を抜け出したと思ったら、コレ入れてたんだな。武士の情けだ、見なかったことにして戻しておこう。


「そいで茶器に食器と………」


 一人ブツブツつぶやきながら丁寧に確認していく。はたから見たらヤバいやつ認定されそうだけれども、こうして口に出すことはすっごく大事だったりする。あぁほら、このお皿なんか一か所欠けているじゃあないか。


「捨てるにしては綺麗すぎるし……どうすんべ」


 黒をベースに赤と青のバラが描かれているこのお皿はエルフィーネのだったか。彼女と相談してどう処分するか決めよう。

 俺がそうマジマジと見つめていると、突然後ろから誰かが抱きついてきた。


「あっぶな!? ……ちょっとエル様、いきなり後ろから抱きつかんでもらいたいんですが?」


「フフフ、ごめんなさい。貴方が吾のお皿を舐めるように見つめていたので、本当に舐めてしまわないか心配になったんです」


「ちーがーいーまーすー、ほらココが欠けているから相談してどう処分するかなと思ってただけ」


「ん〜……吾が使う分には少々問題がありますから、クロスが使用しては?」


「……じゃあそうするか」


「やっぱり舐めたかったのですね?」


「そんな変態じゃありません。俺はいたってノーマルです」


「いひゃいれふろ、くほふ」


 人を変態扱いする悪いお口はグイーンと伸ばしてしまいましょう。

 エルは他人にイタズラをするのが好きで、イタズラされるのはもっと好きだ。こうやって素直な反応が返ってくるのが嬉しいのか、ちょくちょく俺をからかっては頬っぺたを伸ばされている。


 レイチェルやティアなんかにも同じようにイタズラを仕掛けているようで、各々の違った反応を見て楽しんでいるようだ。ただ、ティアはたまに俺に助けを求めにきて腰へとタックルしてくるから、遊ぶのもほどほどにしてほしい。


「こっちに来るより自分の準備をしなさい」


「吾はもう終わりました。終わってないのはレイチェルだけですよ?」


「……ちょっかいかけて追い出されたな?」


「あらあらバレてしまいましたか」


「ほどほどにね」


 彼女は分かりましたと言うと、最後に抱きついた後に部屋から出て行った。雰囲気から察するにティアをからかいに行ったな、あれは。


 荷物のチェックはほとんど終わったから、念のためレイチェルの様子を確認しにいこう。

 きっと彼女はあれよこれよと準備しているうちに時間が経って、明日の出発ギリギリになるまで終わらなそうだ。


「レイ、準備は終わったー?」


 扉をノックして声をかけるが返事がない。もう一度ノックしたあと「入るぞ」と言って、部屋の中へと入る。


「あー………爆睡かましてるな」


 爆睡していた。身体を床に投げ出し、すごく幸せそうな顔でお眠りになられていた。

 彼女の周りには明日の準備をしようとした形跡がみられ、普段使っている化粧品や香水、そのほか学園に必要な道具が散らばっていた。


 本当ならこのまま夢の中に居させてあげたいのだが、そうすると夜中涙目になりながら準備をするハメになってしまうな。

 俺は心を鬼にしてこの寝坊助を起こしますか。


「ほらレイ起き───?!」


「ンフフ……クロスだぁ………」


 しゃがんだ瞬間に絡みつかれてしまった。彼女の中に眠る野生の本能が目覚めたのか、俺でも反応かま遅れてしまった。

 いや、それよりもかなり寝ぼけているな。ラフなシャツを着ているのだが、その中にモゾモゾと入り込もうとしている。


「ほれっ、起きなさいレイチェル!」


「んむ〜〜〜!」


 彼女の柔らかい頬っぺたをモミモミして無理矢理にでも覚醒させる。いや驚くくらい柔らかいな。


「はぇ…? なんでクロスいるの?」


「明日の準備が終わってるか確認しに来たの」


「………あ」


「やっぱり終わってないか」


「夢の中だと終わっていたのに……ハッ、まさかこっちが夢の可能性が」


「あるわきゃないだろ。バカ言ってないでやらないとホントに終わらなくなるぞ?」


「クロスゥ………手伝って欲しいな?」


「そんな可愛く頼んでもダメ」


「む〜〜、わかった」


 懐柔は無理だと判断した彼女はしぶしぶ作業を再開した。

 アブナイ、アブナイ……俺が鋼のメンタルでなかったら今ので堕ちていたぞ。上目遣いでおねだりだなんて、一体どこで覚えてきたんだ。


「夕食までに終わったらパフェだよ」


「チョコたっぷり!!」


 好物が出た瞬間のやる気はすごいと思いながら部屋を後にした。鼻歌を歌うほど好きなのか。


 長い廊下を渡って今度はティアの様子を確認しにいく。彼女は幼いながらもしっかりとした子なので心配はしていないが、それでも確認はやはり必要だ。

 部屋の扉をノックして彼女を呼ぶ。


「ティアー、明日の準備はできたかー?」


「あいっ! できました!」


 ガチャリと出てきて元気よくそう報告してくれたティア。そんな彼女に偉いぞと言って頭を撫でる。


「えへへ、ティアは一人でやりました」


「おおー、すごいぞティア!」


「むふぅ──!」


 すごい得意げな顔で言っているが、彼女の後ろをチラリと見るとパンパンに詰まったリュックが目に入る。確実に余計な物まで入れているな。


「ティア、あのリュック背負える?」


「できませんっ!」


「じゃあ背負えるくらいまで荷物減らそっか」


「あいっ!」


 返事だけはいいんだ。返事だけは。

 ただ、たまにポンコツになってしまうことがあるんだ。そこも可愛いが、困ってしまうのは彼女なので追々直していこう。


「最後の確認だけ俺がやるから、ほかは一人でできる?」


「がんばります!」


 はり切って準備に取り掛かったティア。はり切りすぎて怪我をしなければいいが。

 何はともあれこれで一応全員の確認が終わったから、あとは明日に備えて早寝くらいかな?


「クロス、吾の下着を知りませんか?」


「終わったわクロス!」


「ギャー! リュックのぎゃくしゅー!!」


「……よしっ、一人ずつ見ていくぞ!」

 

 明日のはいよいよ入学式。素晴らしい学園生活を送るためにも事前の準備は怠ってはいけない、そう思いながら執事として頑張ろう。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

高評価、感想、誤字脱字のご報告お待ちしております!


次回から学園生活が始まります!

本当は10話ほどで学園を出したかったのですが、思った以上にかかってしまいました……


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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