第14話 妹のような存在。姉のような存在。


 外は暗い。良い子も悪い子もみんな仲良く夢の中にいるような、そんな時間。


「……………いない」


 レイチェル•ヴァイスがいない。

 十中八九だろう。吾は彼女がいるであろうと予想した場所へと向かう。

 こんな時にばかり彼女、レイチェルは予想を裏切らない。


 自分の影の中へ入り、それから吾の執事であるクロスの影に移動すれば………いた。

 もぞもぞ、もぞもぞと、寝ている彼の布団の中で何かがうごめいている。


 クロスは一度寝たらなかなか起きない体質なようで、そのことを理解していない彼女ではない。十二分にその体質を利用して、彼が知らないうちに好き勝手やっている。


「ンフフ、クロスゥ…はむ……はむ………」


 彼女の噛みぐせは今に始まったことではない。

 ギザギザと鋭い歯は、見た目の通りとても頑丈でホネすら簡単にバリバリと噛み砕く。その歯ごたえが好きなのか、小さいころから悲しいことや嫌なことがあるとストレス発散のためにモノを噛んでいた。


 いわゆる彼女なりの一種の愛情表現なのでしょう。噛み付くことができる人やモノは、それイコール大好きということらしい。


 この屋敷に来たばかりのころ、甘噛みしているところをティアに目撃されて「お兄ちゃんを食べないでー!」と、半泣きになりながら非難の目を向けられて以来、レイチェルの噛む回数が減った。


 そう思っていた矢先にこれである。いい加減に止めなくては。なんだかピチャピチャと、水音までしてきている。


「何をしているんです?」


 まさか吾が音もなく部屋に入ってきていたとは思わなかったのでしょう。ビクッと一瞬だけ布団の中の生物が震えたのがわかった。


「何をしているんです、と言っているんです」


「にゃ……にゃ〜ん………」


「……………」


「……………」


「……………………」


「……………………」


 無言に耐えられなかったのか、布団の中の生物ことレイチェルがゆっくりした動作で這い出てくる。


「あらあら、なんと大きなネコさんでしょう」


「くっ………」


「にゃ〜ん、でしたか?」


「わかったわかりました! 私が悪ぅございました!」


 イタズラをする前に見つかって怒られることを予感した子供……そんなバツの悪そうな顔をしていた。


「まったく……多少は噛みぐせが直ったと思ったらコレですか?」


「肩……とか、腕とか噛みごたえがいいのよ」


「貴女はイヌですか? ああ、ネコでしたね」


「今度はアンタに噛み付くわよ?」


「遠慮しておきます」


 そう言ってクロスの布団をめくると、彼の首元には彼女に甘噛みされた痕と舐められた形跡がある。先ほどの水音はペロペロと執拗に舐めていたからですか。


「なぜ舐める必要が?」

 

 そう質問を投げかけると顔を真っ赤にして言葉に詰まってしまった。なるほど、思春期とは時として自身の理解が及ばない行動をとらせてしまうのですね。

 かくいう吾もクロスの写真でシていることはあります。盗撮ではないのです。決して盗撮などではないのですが、油断している彼の無防備な姿がなんと素敵なことか。


 閑話休題。


 これ以上の追求はよしましょう。ええ、下手に追撃しようものなら逆に盗さ……撮影のことを問いただされるやもしません。

 真面目な話、いけないことをしている自覚がある彼女を必要以上に責められません。何度も同じことで問い詰められれば、誰でも心のどこかが酷く傷つくのですから。


「はぁ……これ以上は何も訊きませんが、頻度は減らすように。またティアに泣かれますから」


「わ、分かった……。ところでアンタは何でここにいるのよ?」


「貴女を探しにきたからです」


「………? なんで?」


 なんで、ときましたか。吾は一から説明をしました。

 レイチェル、貴女がティアに泣かれた日のことを覚えているでしょう。その時からどことなく悲しそうな寂しそうな顔をしていましたので、吾が慰めてあげようとお茶の誘いをしに来たのです。


「そして見つけたのがココでした。……何ですかその顔は。人が親切心で慰めようとしているのに」


「いらないわよ」


「人の好意は素直に受けなさい」


「だからいらな」


「クロスはそういう人が好みですよ」


「さっさとお茶するわよ、着いてきなさい」


 まったく、こうでもしないと素直になれないのですから。

 同じ年齢のはずなのに、どこか出来の悪い妹のような存在なのですよね、レイチェルは。


「……なに? 早くいくわよ」


「フフフ、何でもありません」


「アンタのその笑顔怖いのよ。特に夜だと……」


 なんと失礼な。今度、夜中に部屋へ侵入してとびっきりの笑顔を見せてあげましょう。



▽▽▽▽▽


 エルフィーネ•シュヴァルツは強い。

 力だとか身体がだとかではなく心が強い。

 私だったら泣いてしまいそうなことでも、彼女はきっと傷つきながらも表に出すことがない。


 彼女はよく周りを見ている。

 クロスをガブガブと噛みついていたら、そこに偶然ティアが来てしまい、私が彼を食べていると勘違いさせてしまった。

 半ベソをかきながらクロスを守ろうとした彼女に少しだけ嫌われてちょっと悲しかった。

 そんなことがあって落ち込んでいたら、エルフィーネが慰めに来たという。


 アンタは私の姉か何かなの?

 母ではない。そんな母性を感じた事は一切ないからだ。そしたら、やっぱ姉という言葉がしっくりくる。


 今思えばクロスは例外として、私とエルフィーネが同時に好きになったモノがあったとしたら、彼女は私に譲ることが多かった気がする。

 

 お互い年を重ねるごとに素直になれなくなって、口喧嘩が絶えなくなって、それでも私は心のどこかでエルフィーネに甘えていたのかもしれない。


「どうしました? そんなに吾をじっと見つめても茶菓子はあげませんよ」


「どんだけ食い意地張ってると思ってんのよ」


「昔から早く食べ終わるとコチラを見ていたじゃないですか」


「そっ、そんなの知らない………」


 また意地の悪い顔で笑う。

 昔から彼女は私を困らせてその反応を楽しむのだ。やられる方はいい迷惑だが、それ以上にやらかしている自覚があるから何も言えない。


 待てよ……もしかして、それも込みでエルフィーネはからかって来ていたのではないか?

 私が反撃できないのをいいことに、かなり好き勝手やっていたような記憶がある。


「またステーキを丸ごと食べてたりは?」


「それはしてる」


 「はぁ……」と呆れたようなため息をつかれた美味しいから仕方ないじゃない。

 でも、そんな私でも反撃できる要素はあるのだ。


「ところで写真は大丈夫?」


「………ナンノコト」


「急にカタコトになるわね。写真よ、しゃ•し•ん」


「ナニヲ イッテイルカ ワカラナイ」


「クロスを盗撮してるでしょ」


 目が泳いで長い髪をクルクルとする。エルフィーネが困っている時によくするクセだ。

 彼女がクロスを盗撮していることはよく知っている。着替えの最中や訓練中、風呂、寝室といった無防備になりがちな場所でパシャパシャしている。


「思い出を残しているのです」


「残されたくない思い出だと思うけど……」


「人の成長は早いのですよ? 気がつけば、ついこの間までお菓子がほしくて泣きそうになっていた子が、大胆なことをするまでに大きくなるのですから」


「へぇ、それは随分たいへん………私じゃない!」


「あの頃は可愛らしかったのに、いまでは…はぁ」


「ちょっと、そんな残念な子を見るような目はやめなさいよ」


「誰も貴女だとは言ってませんよ、フフフ」


 しまった。ちょっと反撃をしようと思ったら、逆に攻撃を返されてしまった気分だ。


 今のエルフィーネはこうして笑っているが、少し前実の妹であるアンジェといざこざがあったらしい。話を聞く限りだと妹の逆恨みが引き起こした事件でり、彼女自身はなんの落ち度もない。


 しかし、罵倒に次ぐ罵倒の嵐を受けて平気な人がいるはずがない。私であれば涙が枯れるまで泣いたあと、落ち込み続けていたと思う。


 エルフィーネは私を慰めにきたと言うけれど、本当にそれが必要なのは彼女ではないか。そう考えるけれど、きっと彼女は自分で立ち上がっていく。

 本当に強い。とても強い姉のような存在だ。


「………あげる」

 

「え……? お菓子をくれるなんて………さてはコッソリと何か食べましたね?」


「〜〜〜っ! 人の親切は素直に受け取るんでしょ!」


「レイチェル、本当にどうしたのです?」


「どうもこうもないわよ。エルフィーネに貰ってばかりだったなぁ……って思い出しただけ」


「………そうですか。ここは素直に受け取りましょう。レイチェル、ありがとうございます」


「……………うん」


 また笑う。アンタの笑顔怖いのよ。

 お茶が終わったら早く寝よ。そして早く起きて明日を迎えなきゃ。


 夜は暗い。良い子も悪い子もみんな仲良く夢の中にいるような、そんな時間はまだまだ続きそう。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

高評価、感想、誤字脱字のご報告お待ちしております!


ティアはクロスを守ろうとレイチェルに立ち向かったことから、使用人たちの間で「小さな魔王さま」というあだ名がついたそうな…。


気が付いたら2000PVもありがとうございます!


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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