第13話 遠慮と同時に失くしたもの

 最近、ものすごい勢いで怪我をしている気がする。主人の妹だったり、頭真っピンクの神官だったり、危害を加えてくる人がピンポイント過ぎる。


 特にあの頭真っピンクのアザゼルとかいう男にやられた傷は治りが遅く、治療のスペシャリストであるモルモルであっても難しかったらしい。


 らしい、というのは今はどうなのかと訊かれれば、ほぼほぼ完治しており傷跡がうっすらと残っている程度である。


 治りかけの時はひどかった。治療に来ていた上が女の人で下が長い蛇の胴体を持つ蛇腹族のナースさんが診てくれていた時に、運悪くレイチェルが入ってきたのだ。

 ナースさんはひどく怖がってしまいそそくさと部屋を後にしてしまい、若干不機嫌なレイが横のイスに腰掛けるとなんとも言えない悲しそうな表情をしていた。


 どうしたのかと話を聞けば、襲われたあの日に自分は何もできなかった。今度はみんなを守れるように強くなりたいから積極的に他人と関わっていく。怖がられても嫌われてもいいから、悪い奴らを倒せるようになりたい。だから近くで見ていてほしい。


 そんなことはないと言おうとする前に、目から大量の汗が滝のように流れていた。無条件で怖がれて悲しそうな雰囲気をしていた彼女が、それでも積極的に関わっていきたいと言葉にしたのだ。


 彼女曰く、俺に依存していることは理解していた。今まではクロスという理解者がいればいいという態度だったが、本当にどうしようもない事態に陥った時にそれを解決するため、協力してくれる誰かが必ず必要になる。だから他者から遠ざかるのではなく、傷ついても歩み寄らなくてはいけない。そうエルフィーネと話して彼女も同じ考えだったそうだ。


 出会えばケンカばかりしていたエルフィーネとも話し合って、その上で依存ばかりするのではなく一人で立ちあがろうと彼女たちはしている。その事実を知ったときの俺は目から鼻から大洪水。花粉症かな? ひっくひっくと、嗚咽もしてしまう。


 成長を感じた俺はレイの頭を撫でようとぶった斬られて繋げたばかりの右腕を伸ばしたのだが、ポロっと落ちてしまい悲鳴が屋敷に響いた。俺のだが。


 少々グロテスクな出来事もあったが、あの戦闘から二週間が経った。傷が完治すれば今まで通りの、

訓練に勉強をごっちゃ混ぜにしたものを行う。しかし、劇的に変わったことが一つ。

 お嬢様たち二人の発案で、お互いの領地の近くに専用の屋敷を建ててそこで戦闘訓練を行うというものだ。魔法により屋敷は一瞬で建てられたため、ここ久しぶりに感じていなかった異世界というモノを実感した。


 訓練の時だけ使うのかと思いきや、日常生活まるごとそこに移すようで俺とレイ、エル、ティアといった少人数が住むかたちとなった。また、教育係のアルゴやピピなど、住む者以外はお互いの家から交代制で訪れるらしい。


 急に始まった美少女二人との共同生活にドキドキしそうになりそうなものだが、なんと言えばいいのか子供を見る大人の心境で、成長していく彼女たちを温かく見守っているような状態だ。もちろん自分も日々精進してはいる。


 最近わかったことなのだが、どうやらアルゴやピピのような上位に位置する強さの者に彼女たち二人の魔力は毒のように作用するらしく、恐怖は表に出さずとも身体に悪影響なのだとか。故に、彼女たちの実の両親も不用意に近づけないらしい。

 

 また、共同生活には両家の当主も了承してのことで、むしろ推奨していたくらいだ。娘たちが良い方向へ成長していっているのだから、それを後押しするのが親の役割とは当主たちの言である。


「ハァン……ハァ…ハァ…」


「ン……アッ…フゥ…」


 そんなこんなで俺は日常生活を取り戻しつつあり、現在は訓練場で自主練習をしているところだ。襲撃があっては気軽に外出もできないため、お嬢様たち二人の予定も無くなれば自動的に俺も暇になる。その暇を有効活用しているところだ。


「もう……ダメ……脚が、立てない」

 

「ハァ……ハァ……吾をここまで……んっ」


 そう言葉をこぼすのは、肌が透けて見えるんじゃないかと心配になるほどビチョビチョに濡れたレイとエルであった。

 二人ともキレイな白い肌に赤が差し込んで妙な色気を出し、大粒の汗を滴らせながら息を切らしている。


「運動不足だなぁ………」


 完全に運動不足。

 慣れない訓練に加えて魔力を使わない状態。なまじ圧倒的な魔力量であるがゆえに、訓練などしなくともトップクラスの身体能力を獲得していた二人。

 そんな二人が魔力を使わなければ、出来上がるのは運動不足で非力なご令嬢だろう。


 アルゴやピピの訓練内容を一通りやり終えた頃、どこからともなく二人がやってきて自分たちも一緒にすると言ったから、腕立て伏せや腹筋など全身の筋トレを十回三セット。

 これがお嬢様がたには相当に効いたらしく、こうして疲労困憊という状態になってしまったのだ。


「そのままだと風邪引くから、はやく身体を拭いてシャワーでも浴びなさいね?」


「ぜぇ……ぜぇ……クロスゥ、やってぇ」


「わ、吾の……身体を……好きにする、つもり、ね?」


「甘えない、誤解を招く言い方しない。ほら、ちゃっちゃと行きなさい」


「うぅ………鬼ぃ〜〜」


「クロスは……人間よ………」


 言葉づかいがかなり砕けているのは、エルと二人で話しているところをレイに見られたからだ。

 エルとは妹のアンジェの事件以降、砕けた言葉づかいになっていたのだが、レイとはですます調のままだった。

 そのことに疎外感とはいかなくとも仲間はずれのような状態だと感じたレイは、自分にも同じような口調にしてほしいと頼まれたのだ。


「タオルとバスローブは持っていくから、頑張って」


 うーうー呻めきながらのっそのっそと這い出ていく二人。

 あとでしっかりとシャワーを浴びるとして、軽く水で濡らしたタオルで身体を拭いて手を洗う。それからタオルとバスローブが置いてある部屋へと向かい、ついでにティアの様子を見るとソファーでスヤスヤと寝ていた。

 「もう…食べられない」という古典的な寝言をいただき、まだお腹を出して寝るには早い季節なので薄い毛布をかけてやれば、ずいぶんと幸せそうな顔をした。


「二人ともー、ここに置いておくぞー」


 脱衣所に設置されている長いベンチに持ってきたタオルとバスローブを置き、二人に声をかけるが返事がない。

 不思議に思いつつも、自分も汗をかいていたから隣の男湯に入りに行く。訓練後のシャワーは特別に気持ちがいいのだ、とそんなことを考えてガラガラ扉を開けば。


「へ………?」


「あら、大胆なのぞきですね? 吾の裸は安くないですよ?」


「私と、い、いい、一緒に入りたいのかしら?」


 全裸の美少女二人がいた。

 いや、なんで? 慌てて外に出ると、しっかりと男湯であると書かれている。

 ああ、これはアレだな。からかっているな。そーれ、デコピンだ。


「テイ」


「「あうッ」」


「さっさと女湯に戻りなさい」


「「ヤ」」


「ヤ、じゃない」


「「ヤッ!」」


「ヤ、じゃない!」


 抗議の目をしてくるが、食後のデザートを青汁に変更するぞと脅せばしぶしぶ出て行った。

 まだこっちの屋敷に来てから日が浅いが、このようなイタズラばかり磨きがかかって俺は心配だよ。


「ふぅ〜〜やっと一息つけ………何やってるの?」


 先ほど出ていった二人が、男湯と女湯を隔てている壁の上から身を乗り出していた。


「貴方が覗く前に覗かせようと思いまして」


「バカなの?」


「やられる前にやってやろうと……」


「見えない何かと戦ってる?」


 シャワーで冷水をぶっかけ、二匹のイタズラっ娘を退治する。なんだか、ティアのほうがしっかりしていると思い始めてきたぞ。

 色んな意味で遠慮がなくなってきた俺たちの生活は、ここから始まったのだった。


 遠慮はなくしても、恥じらいはなくさないでほしいが。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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やっとラブコメができる。よくやったぞ私!


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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