第12話 アザゼル(下)

「大した精神力じゃあないか。普通であれば片腕が切り飛ばされただけで発狂する者もいるというのに、焼け焦げた傷口の激痛すら耐えるとはな」


「説明……どうも。お礼に見逃してやろうか?」


「公衆便所のこびり付いたクソみたいにいらん提案だな? 代わりにその化け物の首をよこせ」


 アザゼルは言うが早いが、俺の右腕をぶった斬った熱の斬撃をレイチェル目掛けて放つ。

 目の前で起こったことに頭がついていかないのか、放心してしまっている彼女を伏せさせる。


「あっ………クロス。う、腕っ、右腕」


「無敵だから大丈夫。それよりも生き延びることを優先にしましょう」


「あ、う………わ、わかった」


 まともに動けないかもしれない。無理もない、戦闘員でもない普通の女の子が自分の命を狙われているという事実だけで酷く恐ろしいものなのだから。


 しかし、目の前の男は待ってくれない。わざわざ大仰な演出までして短期決戦を図っているのだ。


 誤算だった。あの灯火が全部消えたら、この荒れ果てた大地から脱出できると思っていたのだが、一向に出れる気がしない。


「お前も人間ならば魔族の味方なんぞしてンじゃあねえッ!!」


「恩を仇で返すゴミクズになるつもりはないッ!」


 ただ、アザゼルにも若干の焦りを感じる。初撃で終わらせるつもりだったのか、あるいは魔法の効果切れを案じてか、どちらにせよ時間はコチラの味方に変わりはない。


 うまく動けないレイを残った左腕で抱きかかえ、全身全霊の身体強化でもって攻撃を避ける。


「チィ───!!」


「ハァ…ハァ…ハァ………!!」


 息が切れる。激痛で冷や汗が止まってくれない。

 俺は消耗する一方で、アザゼルは段々と槍の冴えが増してきている気がする。


「ちょこまかと逃げ回りおって!」


「ハァ…ハァ……クソ」


 無闇矢鱈に熱線や斬撃を出されればティアに当たってしまうかもしれない。

 離れすぎず、かつ、近すぎずの距離感を保つのはかなり神経を使うし、なんなら地面から大量の槍先を出現させる技なんかも放ってくるようになれば、いよいよ「死」という言葉が現実味を帯びてくる。


 ラッキーパンチならぬラッキーキックがアザゼルのアゴに上手いこと入ってくれた。

 すかさず安全圏………とまではいかないが、攻撃がきても反応できる距離まで離れることに成功した。


「もう……大丈夫、私も戦う」


「無理は……今回だけして下さい」


「わかってる。じゃないと死ぬから」


 顔色はこの上なく酷いものだったが、無理をしてもらうしか生き残れない。


「来るっ───!」


「俺がヤツの攻撃を防ぎます!」


「ナメるなァッ!!」


 槍の攻撃を横に蹴って逸らし、空いた胴体をレイが爪に形成した魔力の斬撃で襲う。が、序盤で見せた瞬間移動を使い彼女の後ろへ回り込む。


(しまった……学習しないのか俺は!!!)


 狙いは最初から俺であり、彼女を庇おうとした途端に鋭い突きを脇腹に食らってしまった。

 ジュウ……人の肉を焦がす嫌な臭いが鼻腔を突く。激痛で脚の力が抜けてしまう。この男はその隙を見逃すはずもない。


「死ねィッ!」


「させない───!!!」


 ありったけの魔力を護身用の短剣に付与しているのだろう、レイは一瞬で溶解させるほどの熱量を持った槍を受け止めてみせた。


「きゃあッ───!」


「ふんっ!!」


 しかし、戦いの心得があるアザゼルは押し切れないと考えれば即座に蹴りを入れて吹き飛ばし追撃にかかる。


「させるかァッッッ!!!」


「死に損ないめが! 邪魔するんじゃあねェ!!」


「がっ………!」


 邪魔はできたが、その代わりに鋭い蹴りをモロに喰らってしまいアバラ骨の何本かが折れる感触を覚えた。

 

「クロス!」


 レイの掛け声とともに不恰好ではあるが真横へと飛び退けば「轟ッ!」という音共に魔力の塊が突き抜けていく。

 アザゼルは吹き飛び、それに追い打ちをかけるかたちで次々と魔力を飛ばす。

 モクモクと土埃が舞い上がり、辺りを静寂が包み込むが一切気を緩めることができない。


「「───!」」


 二人して身を屈めればその上を炎の斬撃が通り過ぎる。しかし、驚いたのは別の理由で、現れたアザゼルの姿がまるで赤い魔物のようであったからだ。


「最高に俺を苛立たせてくれるなガキィ!!!」

 

「くっ………」


 ただ吠えただけで先ほどとは比べ物にならないプレッシャーを感じる。

 マズイ、逃げなければと身体が反射的に動くが。


「爆ぜろッ!!」


 槍本体を投擲されたと思えば直後の大爆発。


 「……………っ」


 動け。

 動け!

 動けッ!!!


 フラフラになりながらも槍を掲げる男が目に入る。

 痛がっている場合じゃない。全身がいまにもバラバラになりそうな程の激痛が襲っているが関係ない!



「こンのガ………な、なんだその魔力は?!」


「ハァ、ハァ、ハァ………!!」



 白と黒の魔力だった。


 全身の傷口から白と黒の魔力が視認できるほど溢れ出てくる。この力のおかげか、刺し殺される寸前の気絶している彼女を救出できた。


「いい加減に大人しく殺されろォッ!!!」


「ガァッ────!!!」


 これまでで一番の輝きを放った槍を魔力をまとった左腕で防ぐ。


 ギャリリリッ!!!


 金属音に似た音を出し火花が散り、辺りを眩しく照らす。

 アザゼルの魔法は代償が大きいのか、それともレイの攻撃が予想以上に効いていたのか、終始優勢に見えた彼がフラフラと体力の消耗をしているのが分かる。


「「うおぉぉぉ──────!!!!!」」


 最早お互いに僅かな魔力と気力しか残っていない、そう確信した時だ。


「っ、戻った!?」


 辺り一面が荒れ果てた大地であった空間から解放され、元の場所へと戻ってくることができた。だが、その一瞬の隙を突かれて左脚を斬り飛ばされてしまう。


(しまっ────)


「死─────」


「そこまでですよ」


 味方が来た。

 お互いに。


「ええ。そこまでですとも」


 アザゼルの後ろには俺たちの味方であるアルゴが立っており、俺の後ろには目がギョロギョロとした赤い髪を持つ痩躯そうくの白い神官服の男がいた。


「いけません、いけませんねェ。欲張ってしまったが故に敬虔なる信徒の尊い命を犠牲にしてしまっては、余りにも彼ら彼女らが報われないではありませんか」


「ッチ、黙れ


「お話の最中に失礼します」


 アルゴはアザゼルとスコッチと呼ばれた男二人の会話に割って入り、息をするように暗器で殺しにかかっていた。


「おや、おやおやおや? 随分と物騒ですがいかがされましたかな?」


「ほっほっほ。この老体に戦いは少々厳しいので、お引き取り願いたく思いまして」


 相手は少し考え「退きましょう」と言った。

 正直これ以上戦いたくはなかったし、戦えなかったため、撤退してくれるのはありがたかった。


「クロスくん、こちらへ来てください」


「アザゼルもこちらへ」


 いつの間にかアルゴの少し離れたところにレイが寝かされていた。俺はゆっくりとした動作で今度こそ油断なく彼の側にたどり着く。


「おや? 貴方のソレ………」


 戦闘中に食らった爆発で胸の部分が露わになっていた。それを見たスコッチは叫んだ。


「おお…おお……何ということでしょう、何ということでしょう! 既に器は完成されていたッ! 紛い物ではなく真に完璧な器がココに形作られていたッ!! 何という幸運! 何という偶然! 貴方は選ばれ者だったのですね!? アァ───!! 素晴らしい! 白よりもなお白く、黒よりもなお黒く、真に願いし平穏は今日ここに現れたッ!!」


「お引き取り願えませんか?」


「アッ! これは申し訳ありません、あまりの幸運に我を忘れておりました。ええ、ええ。我々はこの地を去りましょう。帰りましょうアザゼル」


 額にアルゴの短剣を深々と受けたにも関わらず、普通に話しているこのスコッチもやはり一筋縄ではいかないのだろう。


「では、また会う日までお別れです」


 ギョロリとした目を閉じてニコリと笑えば、地面に大きな陣が展開され消えていった。


 もはや気力だけで動かしていた身体は重力に逆らえずに崩れ落ちた。漏れ出ていた白と黒の魔力もなくなっており、激痛が襲う。

 

「ヒック……ヒック………コレ」


 嗚咽がする方へ視線を向けるとティアが、アザゼルにぶった斬られた俺の右腕を持ってきてくれていた。

 ありがとうの言葉さえ今は出せない。帰ったらプリンの一つや二つ買ってやらねば。


「誰一人として死んでいませんから、寝ていなさい。後は私たちがやっておきます」


 アルゴのその言葉を最後に意識が段々と暗くなっていった。


(目が、覚めたら…訓練だ……もっと……強く、なり、たい………)






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

高評価、感想、誤字脱字のご報告お待ちしております!


最ッ高にクールだぜ、スコッチの旦那!

ということでラブコメにあるまじき戦闘シーンでした。このようなシーンはあと一回あるかないかですので、今後とも宜しくお願いします。


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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