第9話 それでも俺はやってない

「あ"あ"あ"ぁぁ────!!!」


 それは見事なギャン泣きだった。


「ヤダァ"ァ"ァ"─────!!!」


 俺の腰に抱きついて離れないのは、外にハネた青髪に黄色い眼を持つ小さなメイドさんことティアである。


 少し前、シュヴァルツ公爵家の近くにある広い面積を誇る湖で俺とエルフィーネが釣りをしていたところ、大きなナマズかウナギの姿をした魔獣を倒した。その際、名前すらなかった彼女が木の影から様子を見ていた。


 うちの全然チョロくないご主人様は小さな女の子に笑顔を向けられたことが酷く嬉しかったのか、保護という名目で屋敷へと連れ帰り、そのままメイド見習いとして住まわせ始めたのだ。


「ティア? お前はエルフィーネお嬢様に拾われたのだから勝手に離れてはいけないんだよ?」


「グスッ………だっで……だっでェ……」


 笑顔を見せたのは彼女なりの一種の生存戦略だったのだろうか、見事エルフィーネにクリティカルヒットさせたのであった。また、俺かピピが一緒でないとエルフィーネに近づかれただけで泣いて失禁すると、落ち込んだ様子の本人エルが語っていた。


「だってじゃない。はぁ……エルフィーネ様にご迷惑掛けてしまうじゃないか」


「クロスが行ったら二人っきりですよ、ティア」


「びえ"え"え"ぇ─────!!!」


「エルフィーネ様………あまり揶揄からかわないであげて頂けないでしょうか。本気にしてしまうので」


「あら、御免なさい。可愛らしくて………つい」


 そう悪戯した彼女はモデル体型の彼女を朱色の華が入った翡翠のキャミドレスが覆い、同じく翡翠のケープを肩に掛け、真っ白な日除け傘を差している。


 ティアのことを大層気に入ったのか怖がられて落ち込むよりも、怖がらせてその反応を楽しむことを覚えてしまった。口が裂けてるのではないかと心配になる凶悪ステキな笑顔は、エルフィーネが心から笑っている証拠だ。


 哀れティア。彼女が積極的に他人とのコミュニケーションを図ろうとしているのは以前であれば考えられなかったのだ。だから、本当にダメな時は助けに入るから頑張ってくれ。


「私は何を見せられているの?」


 今まで見たこともない友人の一面を知ってしまったかのような、若干の呆れが含まれた至極当然の疑問をつぶやいたのは、俺のもう一人の主人であるレイチェル•ヴァイスである。


 輝かんばかりの純白の髪を後ろで一つにまとめ上げ、シミ一つとして無い真っ白なシャツをまとい、焦茶のコルセットを着用し、黒いズボンと革のブーツを履いていた。


「申し訳ありません、もう少々お時間を頂きたく」


「いいですよクロス、その子もエルフィーネ•シュヴァルツの許可さえ得れば屋敷に連れてきても構いません」


 このままでは埒が明かないと考えたのか、彼女は早くしろと言わんばかりにそう提案した。それをどう受け止めたのか、ティアの目が輝かんばかりに見開いてレイチェルを映す。


「うっ………」

 

 小さな女の子の純粋な眼差しに不慣れなレイチェルは、陶磁器のように白い頬を紅くさせて照れ臭そうにそっぽを向く。


「レイチェル•ヴァイスの許可も出たのならば問題ありません。ティア、決して迷惑を掛けてはなりませんよ?」

 

「はい………」


 エルフィーネの言葉を察せなかったティアは、自分がどうすればいいのか判断がつかない様子。


「エルフィーネ様はティアに行っておいでと仰っているんです」


「………っ! あ、ありがとうございますエルフィーネ様!」


「受け入れの許可を出して頂いたレイチェル様にもお礼を申し上げないと」


「レイチェル様、ティアを受け入れてくれてありがとうございます!」


 パァッと、晴れた笑みを浮かべて感謝を述べたティアに、二人のお嬢様は笑みをこぼさないよう必死に耐えていた。


「それではティアを連れて行きます。エルフィーネ様、大変お世話になりました」


「なりました!」


「………貴方には迷惑を掛けてばかりでした。はい、二人とも一月後にまた会いましょう。」


 それだけ言うと彼女はくるりと身を翻し、乗ってきた家紋入りの馬車へと体を納める。そして窓を開けると………。


「あ〜〜手が滑ってしまいました〜〜〜」


 もの凄い棒読みで一枚の写真を外に放った。ヒラヒラと舞う写真は、意思を持っているのではないかと思えるほど正確にレイチェルの前へと躍り出た。


「なっ、ななな、な────!?」


「返してもらいますね? フフフ」


 手に取った写真を見て動揺を隠せない彼女と、その反応を待っていたと言わんばかりに、即座に自身の影で写真を回収したエルフィーネ。


 笑いながら「さようなら」と言うと、馬車は蹄の音を立てて発車してしまう。俺やティアに向けるようなものではなく、どこか友人に対してイタズラが成功したような悪い笑顔をしていた。


「ええ、分かってる……理解している。これはアンタの嫌がらせっていうことは知ってる」


「お嬢様………?」


「ふぅ………帰りましょう。クロスは後で覚えておきなさい」


「へ………? あ、はいっ! ティアは私と同じ馬車に乗りなさい」


「あい!」


 何故だか妙に不機嫌になった彼女。一体、あの写真には何が映っていたのだろうか。それを知るのは屋敷に帰るやいなや、凶悪ステキな笑顔で噛み付かガブガブされたあとであった。


 誤解だ。それでも俺はやってない。


 写真は俺が初めてシュヴァルツ公爵家に訪れた日のモノ、つまり、俺が契約紋の効果でエルフィーネの首元へ噛み付いている写真であったのだ。


 「理解してても悔しいじゃない」とはレイチェルの言である。



▽▽▽▽▽

「ほっほっほ、それで傷だらけなのですね? クロスくん」


「ジイちゃん、笑い事じゃないんだよ」


 本当に愉快そうに笑うのはアルゴという老紳士。銀髪をオールバックに整えられた髭が無駄に似合っている。


「アルゴおじいちゃん、お掃除終わりました!」


「エライですよ〜ティア。ほら、クッキーをあげますので手を洗いましょう」


「はーい!」


 シュヴァルツ公爵家ではティアの面倒をピピが見ていたが、ヴァイス公爵家こちらではアルゴが見ると彼自身が言っていた。なんでも、俺と同様に屋敷でもトップの自分が仲良くしていれば余計な軋轢や不和を招かせないのだとか。


「それはそうと、クロスくん」


「はい、なんでしょう?」


「明日にでも街へ行ってを見に、お嬢様のお供をして下さい」


「入学は来年なのにこの時期からもう準備を?」


「ええ、制服はもちろん日用品から嗜好品まで自身で用意するのが学園の方針ですので」


 15歳から三年間を学園の寮で過ごすのだ、年に数回帰れるとしても事前の準備は早い方がいいのだろう。


「でも、時間が掛かる物なんてあるの?」


「パーティー用のドレスや日常で使う私服、あと家具なども意外に時間が掛かりますよ。それも年単位のモノなどもザラです」

 

「………早いほうがいいな」


「そうでしょう?」


「洗ってきました!」


「ほっほっほ、ではクッキーを食べましょうか。クロスくんはそのまま身体強化を維持して、ダッシュ100本いきましょうか」


「わーい」


「えっ? さっきもダッシュ50本やったんだけど!?」


「ほっほっほ」


 「若いのですから」と言うと、お茶の準備をし始めたアルゴ。言外に「さっさとやれ」と言っているようだった。


 プルプルの子鹿のような脚を引きずりながら、訓練所へと向かい、明日は学園の準備かと考えながら地獄の100本を終えたのだった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂きありがとうございます。

高評価、感想お待ちしております。

誤字脱字のご報告もお待ちしております。


Fate/Zeroを観ました………すごかった。


いつも応援していただきありがとうございます!

それではまた次回でお会いしましょう。


                    研究所

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